高校のころ書いた恥ずかしい作品(2)

   アラ∞アラ

    登場人物

   翼子田
   幻肢宮

   櫛野晴彦
   小島聡

   ゆかり先生
   ともくん
   かずみちゃん  

    未来のいつの日か、日本のどこかで、全ての人々の今までの記憶の回想を。

   第一場

    場は、世界を支える象の脚の下。

    翼子田、入場。携帯を取り出して、写真を撮る。
    そして、退場する。
    何度もその繰り返し。

    ゆっくり、暗転。

   第二場

    場は幼稚園。
    先生、幼稚園児、板付き。

先生  みんな〜。先生の言う事をよーく聞いてね。みんな、折り紙は持ってるかな?
園児達 はーい。
先生  はい、じゃーねー。いい? 先生の言う通りにしてね。

    晴彦、入場。しかし誰も気付かない。
 
翼子田 だめだっ。
先生  まずハサミを持ってください。
翼子田 他の人に向けちゃいけない。
先生  他のお友達に向けないようにね。
園児達 はーい。
翼子田 そして、紙を切るんだ。いや、そんなことをしたら駄目だ。
先生  はい、折り紙を切りますよ〜。
翼子田 折り紙は折るためにあるんであって、切るためにあるんじゃないぞ。
園児達 はーい。
翼子田 全国で生産されている折り紙の何割かが幼稚園保育所で使われている。
    そしてそのまた何割かが、折り紙でなく切り紙、張り紙として使われている。
先生  いいですか? まず折り紙を、半分に切ってください。こういうふうに。
園児達 きれたー。
先生  じゃあ、それをさらに半分に切って下さいね。ながぼそーいのが四枚できました。
園児達 できたー。
先生  じゃ、次に行きましょうね。次は、ちょっと難しいですよ。

    翼子田、いつのまにか園児達の中に混ざって一緒に工作をしている。

園児  ゆかりせんせー、知らないこがいます。
先生  ともくん、そんなこといっちゃだめでしょ。よくねたくんが可愛そうでしょ。
翼子田 大丈夫です。もう子供じゃありませんから。
先生  そう。じゃあ、次に進みましょうね。みんなが持ってる折り紙には、
    色のついてる表と色のついてない裏があります。
園児  せんせー、ぼくの折り紙、どっちも白色だよー。
先生  あら、ほんとう。じゃ、これを使って。
翼子田 百枚の中に数枚混じっている、白い着色をした折り紙。無意味とはこのことだ。
先生  みんな、のりを用意してください。
園児達 はーい。
園児  ゆかりせんせー、かずみちゃんがかっこいいのり使ってます〜!
先生  かずみちゃん、駄目でしょ。でんぷんのりを使わないと。
翼子田 指で塗るでんぷん糊は豊かな触覚を育み、ひいては豊かな人格形成に繋がる。
先生  じゃあ、こうやって、表と裏をそろえて、四枚の折り紙をつなげてください。
園児  ながくなった。
先生  ああん、ともくん、服で拭くんじゃありませんよ。
園児  ゆかりせんせー、今の、ギャグ?
園児  つまんないー。
先生  ちがいます。
園児  せんせー、へんになった。
先生  あらあら。だからね、こうやって、表をそろえてね、
園児  あ、ほんとだ。
先生  はいみんな、できましたねー。それじゃあ、次で最後ですよ。
    このつなげたながーい折り紙の端と端を、もってください。
園児  はーい。
先生  そしたら、一度ひねってください。くいって。
園児達 くいっ。
先生  そうしたら、そのまま紙の端と端をのりでくっつけてください。
園児達 できたー。

    翼子田、先生と園児の持っているメビウスの輪を全て取り上げ捨ててしまう。
    しかし、誰も気にしない。

翼子田 「神は死んだ」といったのはニーチェだけど、人間がハサミを発明した瞬間
    神様は斬り殺されてしまったに違いない。

    暗転。

   第三場

    場は独協医科大学の一室。
    櫛野、板付き。小島、入場。

小島  櫛野教授っ。夜中の二時ですよ。
櫛野  出来たよ。
小島  こんな時間に呼び出して。

小島  本当ですか。
櫛野  完璧だ。なんたって、
小島  なんたって、
櫛野  なんたって、天秀才だからな。
小島  天才じゃないんですか。
櫛野  どうも、天才って言うと百の才能に一の努力しかない様に思われるからな、一の
    才能と百の努力が秀才なら、百の才能に百の努力をする私は天・秀・才だ。
小島  はあ。
櫛野  いや、しかし、努力とはそこに至るまでの漠然とした過程の方向性を示すもので
    あって、才能と同じ系列に並べてもいいものだろうか。つまり、百の努力を
    するのもやはり才能だとするならば、
小島  教授?
櫛野  やっぱり私は天才だ。天才としか言いようがない。天才としか形容できない。
小島  結局そこに行きつくんですね。
櫛野  はっはっはっはっはっは。小島君。
小島  はい。
櫛野  世の中、やはり才能が全てだ。
小島  はあ。
櫛野  ふふふふふ。
小島  それで、何が出来たんですか?
櫛野  見て驚くな。
小島  ハイ。
櫛野  小島君。
小島  ハイ。
櫛野  見る前から驚いてはいかんぞ。
小島  それするのは僕じゃありませんよ。
櫛野  画期的な思考回路を維持するには、多少のウイットが必要なのだ。
小島  紙一重の天才で良かったですね。
櫛野  なに?
小島  いえ。
櫛野  いいか、よく見てるんだぞ。
小島  はい。

    櫛野、折り紙を取り出して、メビウスの輪を作り始める。

小島  メビウスの輪ですか。
櫛野  ああああああああああああああっ!
小島  な、なんですか。
櫛野  喋れとは一言も言っとらんっ。しかも! まだ完成してないのに! 嗚呼!
小島  あ、あ、すみません。
櫛野  くそう。

    といいながらも、完成させる。

櫛野  どうだ、世界的大発明だ。なんとどっちが裏でどっちが表か分からない。
小島  知ってますよ。
櫛野  知ってて当たり前だ。
小島  で、発明というのは。
櫛野  発明者の私の名をとって、「櫛野の輪」と名づけよう。
小島  メビウスの輪ですって。
櫛野  そうだ。しかしな、私は同時にある理論も確立した。聞きたいか。
小島  はあ。
櫛野  聞きたいか?
小島  ええ。お願いします。ぜひ聞かせてください!

    場は学会。
    翼子田、うたた寝中。

司会  櫛野先生、ありがとうございました。では次は、翼子田先生にお願いします。
小島  翼子田教授っ。
翼子田 あーよく寝た。
司会  翼子田先生、お願いします。
翼子田 あ、はいはい。僕の番ね。はいはい。
櫛野  しっかり頼むぞ、ヨクちゃん。
翼子田 おうまかしとけ、ハルちゃん。

    翼子田、演台へ。

翼子田 えっと、問題はメビウスの輪でしたっけな。
櫛野  しっかりしろよっ。
司会  静かにお願いします。
櫛野  まったく冗談の判らん野郎だな。
司会  ……(怒)
櫛野  まったく冗談の判らん女郎だな。
小島  当たり前ですよ。

翼子田 一部の学者達の間で研究が盛んなメビウスの輪ですが、生物学の見地から私は
    ある事に注目しました。ご存知の通りDNAは二重螺旋構造をとります。多くは
    それが棒状になり、更にx、yとなって体内に遍在しますが、原子的な微生物の
    場合は環状、輪ゴムの様になっており、私はこれを生物学的なメビウスの輪
    定義します。生物の寿命の仕組は既に、細胞分裂の際DNAの尾に当たる部分に
    ある特定の蛋白質の崩壊と関連する事が知られています。そして、環状DNAを
    持つ微生物はDNAに尾が無い為に寿命が存在しません。人間的に言えば、
    地震・雷・火事・親父等の外的要因のみが彼らを死に追いやるのであります。

翼子田 そしてそれが、生物の進化に大きく関与します。人間の文明等も、農耕による
    安定した食料供給から始まるのであり、生物の進化も又環境の安定した生存下で
    のみ起こるのです。安定した環境は新種に寛容であります。極端な環境は新種の
    少しの違いを許さず、結果、種の純化が強力に推し進められ、やがては環境の
    変化で絶滅してしまう。例えば病原菌は人体で繁殖しますが、感染者の死亡に
    より菌も結局は死んでしまう。急速なマイナーチェンジの為に新薬の開発が特に
    困難なHIVは環境に特化した種ですが、これは正にその場凌ぎの進化と言え、
    長期的に見て、より高度な進化は期待できません。生存範囲を広げるのが生命の      
    目的の根源と言われますが、この場合生存範囲を広げたが為に絶滅する可能性も
    あるのです。人類が宇宙に出るのは病原菌が人に感染せずとも繁殖できると同じ
    事であり、それを一つの生物として捉えた場合、テクノロジーを用いない裸の
    人間は人間として認められず、ここの区別をつけるべきだと私は思っています。

      櫛野、挙手。

櫛野  はい。
翼子田 はい。
櫛野  それは短く言うと、「不老長寿への果てなき冒険」というやつですか?
翼子田 そうです。
櫛野  ずいぶん話が脱線しているようですなあ。
翼子田 悪い癖でして。
櫛野  もっと簡潔に説明してください。
司会  櫛野先生、いくらなんでも失礼ですよ。小さくてもここは学会です。
櫛野  そんな風にお前らみたいな奴がお高くとまって「理解できない奴は」みたいな
    排他的な姿勢をとってるから学校で理科離れが進んで大学生は不真面目、優秀な
    研究者は全部海外にスカウトされて、残ったのは私と翼子田くんだけ。後は馬鹿
    ばっかりだ。判ってんのか、コノヤロ。ええ? お前らみたいなのがいるから
    この国はノーベル賞の一つも貰えんような文化的後進国になっちまたんだよっ。
翼子田 まあ掻い摘んで言うと、棒状遺伝子を環状にする遺伝子手術の理論をですなあ、
櫛野  翼子田君。まさか世界で初めて考えたとか言うつもりじゃなかろうな。
翼子田 そうだねえ、普通ならそうしてる所だけど、今日は櫛野君がいるからねえ。
櫛野  続きは私がやろうか。翼子田君、だいぶ眠たいようだ。
翼子田 大丈夫。ま、世界には同じ顔が3人いるって言うし、更に世界には自分と同じ
    事を考える人間が3人いるとも言うしね。だから、櫛野君はいずれもっと凄い
    理論を発表すると思ってる。だから公の場で言っておく事がある。スピーチで。
櫛野  どうぞ。
翼子田 遺伝子レベルの、しかも理論にメビウスの輪を応用した寿命操作は、危ない。
櫛野  安全なものなんて何一つ無い。
司会  櫛野先生。
翼子田 いいんだ。失礼だけど僕と櫛野君以外にはよく理解して貰えないだろうから。
櫛野  危険な技術は全て私が開発して金庫にしまって、その対処方法を開発する。今
    科学者に求められるのは技術ではなくて、その技術がもたらす悪さをやっつける
    方法だ。癌を研究するためには癌細胞を培養しなくちゃならん。
翼子田 わかってる。でも、この件に関しては僕は危ない気がしてならない。
櫛野  君の勘はよく当たるからな。
翼子田 僕が言った所で意味がないのも判ってる。でも、そのうち評価されるはずだ。
櫛野  そうだな、私達は子供時代からいつもそうだ。あの雑木林はどうも危ないと
    君が言う。私が大丈夫だと言いながら挑戦して怪我をする。
翼子田 ケガで済むならいい。
櫛野  なんにせよ、お互い頑張ろう。

      暗転。

   第四場

    場は、どこか果て。
    幻肢宮、板付き。
    翼子田、入場。ひどく息せききっている。

幻肢宮 あらあら。

幻肢宮 あらあら。

    退場できずに訝しがる翼子田。

幻肢宮 あらあら。あらあら。
翼子田 …………。
幻肢宮 あらあら。
翼子田 ここにいても大丈夫でしょうか。
幻肢宮 大丈夫ですよ。
翼子田 変な人だけど悪い人じゃなさそうだ。
幻肢宮 私は悪い人ではありませんが変な人でもありません。
翼子田 突然やってきて礼をわきまえませんが私、翼子田と申します。
幻肢宮 幻肢宮、と呼ばれております。
翼子田 私のこと、ご存知じゃありませんか。
幻肢宮 恥ずかしながら。
翼子田 かくまっていただきたい。
幻肢宮 お断りは致しませんけれど、あいにく隠れられるような場所がありませんの。
翼子田 困ったな。
幻肢宮 それでしたら、隠れられる場所を探すのがよろしいかと存じますが。
翼子田 ええ、もうずっと探しているんですが。
幻肢宮 まあ。それはお大変なこと。
翼子田 この土地に明るくないもので。もしそういう場所をご存知でしたら、
幻肢宮 それもちょっと、申し訳ありません。
翼子田 いえ、謝るようなことじゃありません。
幻肢宮 なにせこのかた、動いたことがありませんので。
翼子田 はあ。では、失礼します。

    翼子田、退場。

    間。

    翼子田、入場。

幻肢宮 あらあら。
翼子田 困ったな。
幻肢宮 さぞお困りでしょう。
翼子田 どうも今しがた気付いたんですが、もしや自分は方向音痴のようで。
幻肢宮 あらあら。それもまた一興ですわ。
翼子田 冗談じゃありません。
幻肢宮 あら、失礼いたしました。

    座り込む翼子田。

幻肢宮 あらあら。
翼子田 いえ、その、ああ困ったな。
幻肢宮 あらあら。
翼子田 リング、ってご存知ですか?
幻肢宮 どのリングでしょうか。
翼子田 知りませんか。
幻肢宮 あらあら、恥ずかしながら。
翼子田 本当ですか!
幻肢宮 はい。
翼子田 仲間だ!
幻肢宮 あらあら。
翼子田 あの、幻肢宮さん、ですね。
幻肢宮 私のことを知っている方は皆、宮、と呼びますわ。
翼子田 宮さん、誕生日はいつです?
幻肢宮 誕生日ですか。
翼子田 いえ、生年月日は。あと、血液型と出身地を教えていただけると、
幻肢宮 あらあら、難しいですわね。
翼子田 あ、失礼しました。女性に年齢なんか訊いてしまって。
幻肢宮 いえ。申し訳無いのですが、いつ生まれたか覚えておりません。血液型も。
翼子田 じゃあ、ご両親の血液型は。
幻肢宮 親はおりません。
翼子田 ではなく、ご両親の血液型は?
幻肢宮 ですから、元々親がおりません。
翼子田 重ね重ね失礼します。
幻肢宮 いえ。みなしごのようなものです。世界中にたくさんおりますわ。
翼子田 出身地は。
幻肢宮 ここです。
翼子田 ここですか。
幻肢宮 ええ。
翼子田 病などは。
幻肢宮 患いません。
翼子田 はあ、よくわかりました。
幻肢宮 そうですか。
翼子田 本当に失礼しました。

    翼子田、退場しようとする。

幻肢宮 あらあら、お待ち下さい。
翼子田 はあ、
幻肢宮 あの、あまりお気になさりませんよう。
翼子田 申し訳ありません。
幻肢宮 仲間なんでしょう?
翼子田 ええ、まあ。
幻肢宮 お忙しいのでしたらお引き留め致しませんけれど。
翼子田 忙しいのはやまやまですが、どうしようもなくて。
幻肢宮 見たところ何かに追われている様子です。
翼子田 ええ。警察に。
幻肢宮 あらあら、悪い人には見えません。
翼子田 悪い事はしてないんですけれど、いかんせん悪いのは運で。
幻肢宮 それは大変です。
翼子田 一年ほど前、国会で「人口管理とそれに関わる福利厚生及び公共事業に関する
    法律」、通称「人口管理法」が可決されました。
幻肢宮 あらあら。
翼子田 僕の幼馴染の親友なんですがね、世界一の科学者なんです。そいつが不老長寿に
    なる方法をついに発明してしまったんです。
幻肢宮 反対する人などは?
翼子田 反対意見はあったんですがね。なんせ国家の財政赤字に土地の窮乏、
    エネルギーの枯渇にもう瀬戸際で、半ば無理やり可決されてしまいました。
幻肢宮 あらあら。
翼子田 全国民が遺伝子手術を行うように義務付けられました。後日各家庭に
    配給される薬を使うことで、全国民が一斉に不老長寿になる計画です。
幻肢宮 初めて聞きました。
翼子田 その手術を、メビウスの輪を引用して、「リングを入れる」と呼んでいます。

    場は大学の一室。
    櫛野、入場。

櫛野  リングのことか。
翼子田 どうするつもりなんだ。
櫛野  管理社会の構築が進んでる。人口管理も時間の問題だ。なら、わかっちゃ
    いない政治家が下手を打つ前に、私達がどうにかした方がよっぽど安全だ。
翼子田 やっぱり君が裏で動いてたのか。
櫛野  良くない言い方だな。助言してるんだ。住民基本台帳の失敗を忘れたのか?
翼子田 もうぐちゃぐちゃだった。
櫛野  馬鹿なお偉方のお陰で、中途半端なままだし、得したのはクラッカーと
    レイダースだけだ。情報だって、施行前に既に裏に流れてたじゃないか。
翼子田 これも僕の予言どおりだった。
櫛野  今回、君はどう考えてる? それを聞いてなかった。
翼子田 こう言う事に関しては常にひとつ。犯罪にどう対処するかだ。
櫛野  日本人専門家を海外から呼び戻して、完全自立型ロボットポリスの製作を始めた。
    外部とのI/Oを完全に無くした仕様で、組み立てた後は解体不可能。外郭を
    こじ開けた瞬間急激に発熱して、LSIが全て焼けてしまう。
翼子田 使い捨てか。機械任せは怖いけど、まあ君の事だから大丈夫なんだろう。
櫛野  ああ。施行と同時に導入する。
翼子田 僕は君みたいに世間での権力は無いからね。助言忠告くらいしかできない。
櫛野  十分助かってるよ。

    櫛野、退場。
    場転。

翼子田 僕は今、そのロボットポリスに追われています。
幻肢宮 あらあら。
翼子田 法律が施行される前日、研究室で大事故がありまして。都合前科一犯です。
幻肢宮 それくらいで?
翼子田 人口管理の為に、刑法がとんでもなく強化されたんです。今僕が捕まったら、
    もう日本には何か起こった時に対処法を考える事の出来る学者がいません。
幻肢宮 あらあら。
翼子田 いやな予感はしていたですけれど。
幻肢宮 逃げるのですか?
翼子田 ええ。
幻肢宮 どこまで?
翼子田 あるいは、捕まるまで、でしょうか。
幻肢宮 それなら、ひとつ心当たりがあります。
翼子田 ぜひ教えてください。
幻肢宮 世界の果て、をご存知ですか?
翼子田 いえ。
幻肢宮 そうですか。今こうして広がる大地は、4匹の大きな象に支えられています。
翼子田 はあ。
幻肢宮 そして、その象たちはもっと大きな亀の甲羅に立っているそうです。
翼子田 昔、小さい頃絵本か何かで読んだ記憶があります。
幻肢宮 事実です。
翼子田 しかし、地球は丸いそうですが。
幻肢宮 このことにかけては、間違いありません。
翼子田 世界の果て、ですか。
幻肢宮 一つ、お願いがあります。
翼子田 はい。
幻肢宮 そこまで辿り付くことが出来たら、写真を撮ってきて欲しいのです。
翼子田 写真ですか。
幻肢宮 その亀の足元から見上げた世界と、その亀が立っている世界とを。
翼子田 道もなにも判りません。
幻肢宮 気にせずとも構いません。歩いていけば、必ず辿りつけます。
翼子田 行ったことがあるのですか?
幻肢宮 いいえ。残念ながら私はここから動けないので。
翼子田 立派な脚をお持ちです。
幻肢宮 幻肢、をご存知ですか?
翼子田 原始時代の原始ですか?
幻肢宮 いいえ。幻の肢、と書いて幻肢です。
翼子田 ああ、ええ。一応は。事故で無くした脚や手が、
    さもあるかのように感じられるという錯覚のことですね。
幻肢宮 私には手も脚もありません。よく言う「ダルマ」です。
翼子田 ………
幻肢宮 お医者様なら多少は気付いておられると思うのですけれど。私は、人に幻肢を
    見せます。私を見る人が私に幻肢を見るといった方が正しいのかもしれません。
翼子田 いつからここに?
幻肢宮 覚えておりません。
翼子田 いつまで?
幻肢宮 わかりません。けれど、世界の果てを一目見るまでは。

翼子田 行ってきます。
幻肢宮 ええ。
翼子田 多分、戻ってきます。
幻肢宮 お願いします。
翼子田 ところで。
幻肢宮 はい。
翼子田 水がありませんか? 久しぶりによく喋ったので、喉が乾いてしまって。
幻肢宮 あらあら。

    場転。
    櫛野、板付き。

櫛野  今回初めて政府の許可が出ましたので、「人口管理とそれに関わる福利厚生及び
    公共事業に関する法律」通称「人口管理法」を簡単に説明します。皆様ご存知の
    通り、日本は世界に先駆け不老長寿の技術を確立しました。これを受け、憲法
    ある基本的人権の中の「生存権」を拡張しようという動きが興り、法律制定へと
    相成りました。二十歳に達した国民全員が任意に手術を任意に受けられます。
    同時に、人口管理の為「子供を産む権利」と言う観念が生まれ、人口の増減に
    よって平等に、国民に配布されます。政府による許可を受けた夫婦のみが病院で
    分娩を受けられます。それに伴い、極端な少子化が予想されますので、学校数を
    大幅に削減、地域の施設へと転向されます。いずれにせよ、子は宝です。国を
    あげて大切に育てましょう。しかし、法を破って生まれた子供に罪はありません。
    その為、刑法も改正されます。厳罰には生存権の剥奪も有り得ます。人口調整と、
    前述の子供を産む権利の平等の為、違反者は厳しく処罰されます。もちろん、
    他の犯罪者にも、今まで以上に厳しいものが適用されます。

    翼子田、入場。

翼子田 あの学会で、櫛野くんは「子は宝」と言った。昔、母親に「あなたは
    コウノトリが田んぼに落としてったのを拾ったのよ」といわれたけど、
    「子は宝」というのは「子は田んぼから」という意味なんだろうか。

    場転。
    そうして、翼子田は世界の果てに辿りついた。

翼子田 亀だ。

翼子田 写真…

    翼子田、最初にやったように携帯を出して写真を撮る。

翼子田 写メール…

    写真を撮り終えると、帰ろうとする。

翼子田 あれ、写真…

    また写真を撮る。取り終えて移動しようとするが、また写真を取る。繰り返し。
    ゆっくり、暗転。

    ぱっと、照明がつく。
    櫛野、小島、入場。

櫛野  大丈夫か、翼子田君!
小島  翼子田教授!
翼子田 ああ、よく寝た。僕は、寝てたのか?
櫛野  よかった。君まで眠ったままだと、僕はもうどうしようもないところだった。
翼子田 どれだけ寝てたんだい?
小島  人口管理法が施行されたのが五月一日ですから、四日間です。
翼子田 僕は、業務上過失傷害でロボットポリスに追われていたはずだ。
櫛野  ああ。
翼子田 世界の果てに行った。
櫛野  何日かかった?
翼子田 覚えてない。何日かはかかったと思う。
櫛野  その、寝てる間にここに連れて帰ってきたんだ。
翼子田 どこから夢なんだ?
櫛野  君が見た夢が何かは判らないけど、昔からよく寝たからな、君は。

    翼子田、携帯を取り出す。

翼子田 電池が切れてる。
小島  四日間も経ってますからね。
櫛野  それより翼子田くん、大変なことになった。助けて欲しい。
翼子田 僕の言ったとおりになったのかい?
櫛野  ああ。もし君が拘置所の中なんかにいたら、どうしようもないところだった。
翼子田 今度も僕の勝ちだね。
小島  勝ち負けじゃありません。
櫛野  ときに翼子田君、君が逃げたのは四月三十日だから、君は薬を飲んでないね。
翼子田 ああ。
櫛野  よかった。君がただの寝坊助で。
翼子田 で、なにが大変だ。
小島  みんなが眠ったまま起きてきません。
櫛野  手術は、全て成功した。私の開発した全自動手術機があったから。ところが、
    眠った人たちが起きてこない。眠ったままなんだ。
翼子田 生物学上、類を見ない実験だからね。しかも、事前の詳細な実験も無しに。
櫛野  それだけ自体は切迫していた。正義の助っ人はいつも君、翼子田君だ。
翼子田 僕はいつも勘が鋭いだけで、テストで櫛野君よりいい点数を取った事もない。
櫛野  とにかく、日本中で眠ってないのは非常事態のため薬を服用していない
    私と小島君、それと翼子田くんだけだ。
小島  少なくとも数日で対策を立てないといけません。
翼子田 ちょっと、出かけてくる。

    翼子田、退場。
    暗転。
    幻肢宮、板付き。
    翼子田、入場。

幻肢宮 あらあら。
翼子田 遅くなりました。
幻肢宮 もういらっしゃらないのかと思っておりました。
翼子田 申し訳無いです。

    翼子田、携帯を取り出す。

幻肢宮 あらあら。
翼子田 電池が切れてしまって。
幻肢宮 問題ありません。
翼子田 あれ。
幻肢宮 幻を見せるのは手足だけではありませんから。

    携帯の電源がついたようだ。
    翼子田、幻肢宮に携帯を見せようとする。

幻肢宮 いえ、私の目には見えません。
翼子田 どうしよう。約束が。
幻肢宮 でも、私は確かに「世界の果て」を見ることが出来ました。
翼子田 僕は、ここで寝てましたか?
幻肢宮 ええ、ずっと寝ておられました。喋っている間も、歩いている間も。
翼子田 もしかしてロボットが来て、眠っている僕を連れて帰りませんでしたか?
幻肢宮 ええ。それでもヨクネタさんはずっと、寝ておられました。
翼子田 幻肢宮、あなたは、どこにいたのですか? 見つからなかったとは。
幻肢宮 お疲れでしょう。少し、座りませんか。
翼子田 はい。
幻肢宮 余は。

幻肢宮 然るを、素より余は、此にやあらず、余は此。余は此の土。余は此の月。
    余はわたくし、わたくしは君。

    幻肢宮、翼子田の頭をつかまえる。

幻肢宮 されどわたくしが持て扱ふる鏡無く、わたくしにわたくしを確かなりとする
    術無きにて、つと君を求め居たり。つひには、

    幻肢宮、つかまえた翼子田の額を、自分の額にくっつける。

幻肢宮 私は世界。地面から生まれた貴方達も私。よく、あそこまで行ってきて下さい
    ました。何せ、人に幻を見せても、私自身何も見る事が出来ないのですから。
翼子田 あなたが、案内してくれたんですね。
幻肢宮 あれは、自分のため。これは、ささやかな望みを叶えていただいたお礼です。

    暗転。
    翼子田、板付き。
    櫛野、入場。

櫛野  こんなところに居たのか。
翼子田 櫛野君。よくここがわかったね。
櫛野  君の服には、発信機がついてある。便宜上犯罪者だからな。
翼子田 なるほど。
櫛野  さ、仕事がこれでもかというほどある。
翼子田 全部が、幻だったよ。
櫛野  え?
翼子田 眠っている間に僕は、メビウスの輪を見てきた。
櫛野  どんなだった。
翼子田 いや、きっと僕自身がメビウスの輪だったんだ。
櫛野  それは、今度のことについてか? それとも、夢の話か?
翼子田 どっちもだ。そのために、教えてくれた。
櫛野  小島君が一人で、作業の準備をしてくれてる。
翼子田 寿命が無いって言うのは時間を超越したのかもしれないけど、同時に時間という
    概念が通じない所に行ってまう事なんだろうと思うよ。今眠っている人達は明日
    起きても百年後起きたとしても、本人は「今」起きた所なんだ。死ななければ
    色々な事が出来るかもしれないけど、限りなく時間を無駄にすることも出来る。
    眠っている限り、いつまでも回っている。
櫛野  そうだな。多少は反省するか。

翼子田 四日間もなにも食べてないから、腹が減った。

    居ないはずの、幻肢宮の声。

幻肢宮 あらあら。

翼子田 あらあら。
櫛野  あらあら?

幻肢宮 アラアラ。
翼子田 アラアラ。
幻肢宮 アラアラ。
翼子田 Around and Around.
幻肢宮 アラアラ。
翼子田 Around and around.
幻肢宮 アラアラ。
櫛野  アラウンドアンドアラウンド?
幻肢宮 アラアラ。
翼子田 アラアラ。
櫛野  アラアラ。
幻肢宮 アラアラ。
翼子田 ぐるぐる。
幻肢宮 アラアラ。
櫛野  ぐるぐる。
幻肢宮 アラアラ。
翼子田 ぐるぐる。

    三人、くちぐちに「アラアラ」「ぐるぐる」と言い続ける。

    照明が落ちる。

先生  みんな、できましたか〜?
園児達 は〜い。
先生  それじゃあみんな、せんせいの言うことをよーく聞いてくださいね〜。
園児達 は〜い。
先生  みんな手元に一枚づつ、折り紙があると思います。
園児達 ありまーす。
先生  じゃ、のりでくっつけますよ。
    ほら、かずみちゃん。スティックのりはだめっていったでしょ。
    こら、ともくん。お友達いじめるんじゃありません。
    せんせいの言うことをちゃんと聞くんですよ。

翼子田 八つ裂きにされた神と神を糊でくっつけて、メビウスの輪を作ろう。
    そしてみんなそこでいつまでもぐるぐるまわる。