高校のころ書いた恥ずかしい作品(1)

当時は自覚してなかったと思うけど、AIRじゃんこれ

   遺伝

   登場人物

   解希(?世)
   在乎(?世)

   時限人間    浪人生
   蓄音機     高校生
   精神科医    櫛野晴彦

   櫛野花月
   小島聡
   須賀兼介
   解希(一世)

   解希(?世)
   解希の妻
   子供(声のみ)

   母親

   男1
   男2

    未来のいつの日か、日本のどこかで。

序章―一 父親

     解希、解希の妻、板付き。
     バックから光。2人の影だけが見える。

解希の妻 こころに体が無かったら、こころはたちまち薄まって。
     宇宙が膨らみつづけるなら、いつかは薄まることでしょう。
     それが自然。それが世界の方程式。
     もしもこころを包み込む、薄い皮膜があったなら。
     どれだけときがたとうとも、決して心は薄まらぬ。
     そうであるならそれが自然。それが世界の方程式。

解希の妻 あなたと、幸せに暮らしたかった。あなた、さようなら。ごめんなさい。

     解希の妻、退場。

子供   おとうさーん、お魚の骨、うまくとれなーい。
解希   ああ、わかった。ちょっと、まっててくれないか。

解希   解希、いやになったらやめればいい。つらくなったらやめなさい。
     お前だけは幸せになれるように、私は決して悲しまないから。

序章―二 母親

     母親、場に板付き。ピンスポ。
     母親、子をあやすように子守唄を歌う。

母親   ゆりかごのうたを かなりやがうたうよ
     ねんねこねんねこ ねんねこよ

     ゆりかごのうえに びわのみがゆれるよ
     ねんねこねんねこ ねんねこよ

     ゆりかごのつなを きねずみがゆするよ
     ねんねこねんねこ ねんねこよ

     ゆりかごのゆめに きいろいつきがかかるよ
     ねんねこねんねこ ねんねこよ

     暗転。

第一場 風船割と風船屋

     解希、板付き。
     舞台上には溢れんばかりの風船。
     おもむろに風船を掴み、どこからか出した針で風船を割っていく解希。

     照明がつく。

     蓄音機、入場。

蓄音機  たかだか一年間のホームステイの為に、僕はヨーロッパに行っていた。
     短期留学という名目だったけれど、実際は観光旅行と呼んだって差し支えない
     ようなものだった。ものだった。…ものだった。…もの、だっ、た。

     蓄音機、止まってしまう。
     時限人間、慌てて登場。蓄音機のネジを巻く。
     蓄音機、再び動き出す。

蓄音機  実際は観光旅行と呼んだって差し支えないようなものだった。
     ベルサイユ宮殿に行ったり、凱旋門に行ったり、エッフェル塔にも行ったし、
     爽やかなシャンパーニュを啜ったりもした。未成年だと言ったんだけど、
     気にしない、気にしない、って言われてグラスに半分、味見した。
     おいしかった。おいしかったよ。おいしかったし、おいしかった時、
     …おいしければ…おいしかろう、おいしいな、ら、ば、

     またまた止まる蓄音機。
     そして時限人間がネジを巻く。

時限人間 まったくボロいんだから。
蓄音機  お土産を引っさげてボーイング747に乗りこんで、眠った。
     起きたらもう日本の上を飛んでて、すぐに空港に着いた。
     空港には誰もいなかった。いなかった。いなかった。いなかった。いなかった。

解希   なに?
時限人間 まったくホントに困った奴だろ。すぐ止まる。
解希   そうじゃなくって。
時限人間 コイツは蓄音機なんだ。そこらにある音を全部捕まえて吐き出しちまう。
     この辺じゃ君の心の音が一番でかかったんだ。よく声が響いてる。
解希   人間ですよね。
時限人間 人間っちゃあ人間だけどな。違うって言や違うね。こいつは蓄音機だし、
     俺はこれこの通り時計だよ。そういう夢を見てる。
解希   現実的な話をして欲しいんだ。
時限人間 現実的だ。君が風船を割るからだぞ。

     時限人間、蓄音機のネジを巻く。

蓄音機  みんな眠ってた。みんな眠ってた。みんな眠ってた。みんな、眠ってた。
時限人間 えーい、もっとしっかりしろー。っとにコイツは。
解希   風船、割ったら駄目だった?
時限人間 別に良い悪いじゃあないけどな、割れたからには、外に出ないわけには
     いかないからなあ。
解希   風船の中にいたの?
時限人間 俺とこいつの夢がね。体はどっかで眠ってるだろうよ。
解希   そうなんだ。みんな眠ってた。
時限人間 君は何で眠ってないんだ。そっちの方が不思議だ。
解希   不思議も何も、海外旅行から帰ってきたらみんな眠りこけてる。
     どうやっても起きないし、もう何だか病気としか良いようがない。

     そう言いながら、またひとつ風船を割る。
     精神科医、入場。

精神科医 これはまた面白い光景だね。
時限人間 その風船、なんて書いてある。
解希   医者。
時限人間 医者か。
精神科医 精神科の医者だ。昔からの夢だった。
解希   あんたも眠ってるの?
精神科医 夢は起きてる。君こそ、体は起きてるけれど夢が寝ているじゃないか。
時限人間 そりゃそうだろう。眠ってないのに夢見ちゃ大変だ。医者に見せないと。
精神科医 なに、私に見せてみなさい。どれどれ。
解希   だから寝てないよ。
精神科医 おっとそうだった。危うく騙されるところだった。
時限人間 騙すとは言葉が悪いな。
精神科医 えーっと君、名前は?
解希   解希。
精神科医 解希君。病気というのはめちゃくちゃ正しい。みんな眠っているからな。
解希   治してくださいよ。日本に帰ってきてからというもの、
     日々の生活さえままならない。
精神科医 無理だね。
解希   医者でしょ。
精神科医 私だって今さっきまで風船に閉じ込められてたんだ。
時限人間 医者で患者。複雑な。夢ではアンタ、精神科医みたいだけれど、本職は?
精神科医 医者だ。
解希   どう違うの。
精神科医 ぜんぜん違うじゃないか。
時限人間 まあまあ。でも、こう、これもいいもんじゃないか? 好き勝手できるし。
解希   そういう時計、あんたは何をしてるんだ。
時限人間 チクタク、チクタク、チクタク、チクタク、チクタク、チクタク、チクタク、
     チクタク、チクタク、チクタク、チクタク、チクタク、チクタク、チクタク。
解希   そんなことは見ればわかるよ。
時限人間 大きなノッポの古時計 おじいさんは時計
精神科医 歌詞が違う。
時限人間 百年休まずに チクタクチクタク おじいさんは必死で チクタクチクタク
精神科医 歌詞が違うって。
解希   最後まで聴いたほうがいい。
時限人間 今はもう動かない おじいさんは時計

     解希と精神科医、盛大な拍手。

時限人間 ありがとうございます、ありがとうございます。みなさんどうも。
解希   で、それだけ。
時限人間 基本的には。
精神科医 何か意味があるのか。
時限人間 大有りさ。あれだけヒントを出して、まだ何も分からないのか。
解希   残念ながら、僕は紙一重のバカなんだ。
時限人間 そりゃホントに残念。大きなのっぽの時計は百年で壊れてしまうんだ。
精神科医 故障タイマー付き時計を出荷するような企業にはリコールを要求しないと。
解希   どう見てもまだおじいさんじゃない。
時限人間 今年ハタチだ。40年もすればじいさんだ。
精神科医 まだまだ先は長いじゃないか。
時限人間 最高に短絡的だな。ホントに医者なのか。小児科で子供と戯れて、脳の中身が
     退化したんじゃないか?
精神科医 君ね、悪口の才能あるよ。
解希   まあ、話を続けて。
時限人間 例えば、昨日生まれた新生児にとって、一日ってのは
     今まで自分が生きてきた人生と同じだけの時間だ。20年生きてきた俺には
     その時間は20年になる。つまり人間は生まれて20年経つと時間の流れを
     7300倍早く感じるようになるんだ。
精神科医 また極論を。
時限人間 もっとも7300倍というのは嘘だけど。問題は心臓が鼓動する速さだ。
     医者なら分かるだろう?
精神科医 そうだな。子供は大人の4割増くらいでも問題無いからな。まあざっと
     老人の2倍ってとこか。
解希   でも時計、時計なら秒針が刻む時の流れはいつまでも同じのはずだ。
時限人間 そうだ。それが問題なんだ。俺達が小学生のころ、あの時間はいつまでも
     続くように思われた。一年生の時に六年生を見て、きっと僕は一生こんなに
     成長することは無いんだろうな、とさえ思ったよ。
精神科医 ふむ、よくわかる。小学生の、明日を知ることの無さ。
     寝て起きて、また寝るまで子供ってのは、その日を遊び尽くす。

解希   僕、昨日の夜、七時まで公園で遊んでたんだぜっ、すげえやろ?
精神科医 うっわー、そんな遅くまで?
時限人間 俺なんかもう寝てた!

精神科医 ま、今の子供達はそう言うのとは随分違うみたいだが。
時限人間 永遠とも思えるような子供時代を過ごしていくうちに、俺達の心拍数は
     少しづつ少しづつ低下していく。10歳のとき一分間に120回も打ち付けた
     胸のドキドキは、80年経った今では60回にまでゆっくりになった。
精神科医 一分間に60回、一時間は飛ばして一日86400回の鼓動。
     十歳児の心拍数は一分間に120回だから、一日に172800回。
解希   子供のころ、僕は一日でおじいちゃんの2日を生きていた。
時限人間 心臓の鼓動と正反対に、そうして日々は徐々に加速していく。
精神科医 60歳で退職して、余生をどう活かしますか?
     そんなあなたに、老人・ホームダイレクト!

     ぴんぴろぴん♪

     場は老人ホーム。(ダイレクトに)

精神科医 どうされました?
解希   僕、老後が心配なんです。
時限人間 心配なのは俺の老後だ。
精神科医 そうですか。お2人とも、この際だから入所しちゃいましょう。
解希   僕はまだ17歳です。
時限人間 俺だってまだハタチだ。
精神科医 今若くたって、気付いた頃にはもうおじいさん。光陰矢のごとし、浦島太郎だって
     一瞬のうちにおじいさんになってしまってたんですから、先の事は分かりませんよ。
     60歳からの40年間、楽しんでいきましょう。

時限人間 嘘だ! 60歳で退職して、余生は30年も40年も無い!
     騙されるな! 戻ってくるのは半分の時間だ!
精神科医 ま、主観的に考えた場合にはそうなるわな。
時限人間 だけど俺は時計になってしまった。俺の老後は40年だ。
     いくら時計の針をごまかしても、秒針は今を刻む。
     自分の余生が後どれくらいか常に言える人間なんてそうそういない。
解希   時限爆弾みたいだ。
時限人間 まあ、幸いなことに爆発したりはしないからな、時限人間ってとこだろう。
解希   時が限られた人間、時限人間か。
     でも、人間って最初からそういうものじゃないんだろうか。
精神科医 そうだな。そうなる前に電話だ。

     解希、受話器を耳に当ててダイヤル。

解希   じーこ、じーこ、じーこ、じーこ。
時限人間 ぷるるるる、ぷるるるる、がちゃん。
精神科医 はいもしもし。
解希   僕、老後が心配なんです。
時限人間 心配なのは俺の老後だ。
精神科医 大丈夫、大丈夫。お2人とも、この際だから加入しちゃいましょう。
     はい、お任せ下さい。保険のことならなんでも、アリコにお任せ。

     在乎、入場。膨らましていない風船を大量に持っている。

在乎   いーないーな在乎♪
解希   だれだよ。
在乎   在乎だよ。
解希   保険会社の名前じゃなくて、君の名前。
在乎   キリンさんが好きです。でも、ゾウさんはもっとスキです。
精神科医 君、冗談のセンス在るよ。
時限人間 冗談のセンスの在る子、だから在乎か。
在乎   冗談じゃない。なんでそんなへんてこな風に考えられるのさ。
     あたしの名前は在乎。在庫処分の在に、卑弥呼の呼ぶのみぎっかわ。
     可愛い名前でしょ。
解希   まだ風船は割ってないのに。
在乎   えええーーーっ、風船、割ったの!? せっかく一生懸命膨らましたのに!
解希   じゃあ、君がみんなを眠らせた犯人?
在乎   君、じゃ無くて在乎。かわいい名前なんだから。
     私、じゃないよ。だってあたしは風船膨らますしかできないんだから。
     女のコが風船膨らますのって、男がやるよりも体力使うんだからね、
     責任とってよ!

     在乎、まだ膨らましていない風船をずずいっと解希に押しつける。

解希   え、ああ。

     解希、風船を膨らませる。

精神科医 ほらほら、結んで。
在乎   ううん、やっぱいい。
時限人間 もったいない。
解希   せっかく膨らませたのに。
在乎   だって、えっと、君、
解希   解希。
在乎   解希の膨らませた風船って、夢が無いんだもん。
解希   そんな事言われても。
在乎   いーい? 見ててよ。

     手際良く風船を膨らませる在乎。

在乎   へへー。いっちょあがりっ。
時限人間 なかなか手際がいい。
在乎   あたりまえじゃん。もう一億個くらいは膨らましたからね。
精神科医 一億?
在乎   あ、2人ともどっかで見たことある顔だと思ったら、お医者さんと浪人さん。
解希   浪人?
時限人間 俺のことだよ。
精神科医 もしかして、君か?
在乎   そだよ。随分前に2人のこと、夢に見た。

     在乎の夢。

在乎   世界は夢。夢は現。現は夢。現は夢。
     一方通行の夢はウォータースライダーのように決まったコースを滑り落ちて、
     私は夜毎決まった終末に辿りつく。
     誰かの夢が私の夢にとけ込んで、私は夜毎苦しくなる。
     そして私は誰かの夢を産み落とす。私の中から消えるまで。

     解希、風船を割る。

在乎   あああああ、また割った!
解希   これは?

     わんわん、わんっ

在乎   3件隣の山田さん家のポチ。

     また割る。

解希   これは?
在乎   島根県の山奥に住んでるトンビ、っていうか割らないで!
解希   じゃあ、これは?

     解希、風船を手に取り、割ろうとする。
     在乎が手でふさいで、邪魔する。

在乎   いたっ、
解希   なにするのっ?
在乎   割ったらイヤだって、言ってるでしょ?
時限人間 針、刺さったのか?
精神科医 ほらほら、見せてごらん。
在乎   だいじょうぶ。
時限人間 まあまあ。悪くなるかもしれない。

     精神科医、在乎の手を取っって、見る。

精神科医 怪我しとらんじゃないか。
時限人間 確かに、血が出てない。
解希   いや、僕は確かに刺した。
在乎   ね、見たって無駄でしょ。
精神科医 そうか、君が私達を風船に詰めたんだったね。
時限人間 在乎が?
在乎   そうなんだから。血なんか出ないの。そういう体なの。
解希   在乎、君は誰?
在乎   在乎だよ。
解希   2人を夢に見たとか、風船を膨らませてるし、君は寝てない。
在乎   そう言う解希は誰? あたし解希を知らない。
解希   そりゃそうだろ。今初めて会ったんだから。
在乎   だって、あたし寝てる人ならみんな知ってるよ。なんで解希は寝てないの?
     そっちのほうが不思議だよ。この国にいる人達はみんな寝ちゃったんだから。
解希   なんで在乎は寝てないの?
在乎   あたしは寝るよ? 夜になったらちゃんと。
解希   僕だって夜になれば寝る。
在乎   いっしょじゃない。
精神科医 これにて一件落着。
解希   じゃあ、なんで在乎は風船を膨らますの?
在乎   夜寝てるとね、夢を見るの。他人の夢。医者さんは違うお医者さんになる
     夢を見てたし、浪人さんは時計になる夢を見てた。
     いろんな人の夢が、たくさんたくさん、もーっとたくさんいっぺんにあたしの
     中に来るの。もうあたしきゅうきゅうでしょ。だから、出さなきゃいけないの。
解希   じゃあやっぱり、風船の中には夢が入ってる?
在乎   うん。きゅうきゅうだから、朝起きたら夜寝るまでずーっと、みんなの夢を
     ひとつづつ丁寧に風船の中にいれてくの。
     ひとつの風船に何個も入れちゃうと、いい夢見れないでしょ?

第二場 夢と体

     そのとき、ず〜〜〜っと後ろで立っていた蓄音機が、姿勢を崩す。

時限人間 あ、忘れてた。
在乎   このお兄ちゃんは、まだ高校生なの。レコードが好きで、家の中で
     ずーっと音楽を聴いてた。でもあたしたち、レコードとかCDに触っても
     何も聞こえないでしょ? 機械になれば直接音が聞けるって。
     いつも機械になりたがってた。
解希   こんなにずっと同じ姿勢でいたら、そりゃあつらいね。
精神科医 うむ。若いから大丈夫なものの、ぎっくり腰にでもなったら大変だ。

     蓄音機、何か言いたそう。

在乎   ねえ、おにいちゃん何か言いたそう。
時限人間 よし。

     ねじを巻く。

蓄音機  …つらい。

     一同、爆笑。

解希   みんな、笑うなっ。酷いじゃないか。
時限人間 解希だって笑ってたじゃないか。
解希   そんな事はどうでもいい。
精神科医 可笑しいものは仕方が無い。

     解希以外、無言で爆笑。
     蓄音機、苦しいのか、崩れていく。

蓄音機  …苦しいよ。
解希   笑うな。

     みんな、笑うのをやめる。

解希   なんで、苦しいの。
蓄音機  だるい。くるしい。
解希   なんで。
在乎   当たり前よ。
解希   なんで。
精神科医 当たり前だ
解希   なんでだよ。
時限人間 俺は良く分からないけど、当たり前だ。
解希   なんで?

     もう倒れてしまった蓄音機。

解希   蓄音機!?
在乎   解希が風船を割るからいけないのよ。
精神科医 解希、もし君の体が無くなってしまって意識だけが宙に浮かんでいるとしたら、
     君は生きていられるかね。
時限人間 まあ無理だわな。
精神科医 夢は体を持たない。唯一、風船の薄いゴムだけが体だった。
     割られたからにはひとつの場所には留まれない。拡散していくんだ。
解希   それはみんな同じだろう? 医者も、時計も。
時限人間 俺は薄まるわけにはいかない。
     一週間たって新鮮さを失った解き卵のように大気に薄まるわけにはいかない。
解希   蓄音機、まだ死ぬなよ。

     解希、蓄音機を見ながらも、細長い風船を手に取る。

在乎   解希、
解希   いいよ、言わなくても。これは、刀だ。
精神科医 風船じゃないか。
解希   ああ。大様の耳はロバの耳、愚か者には風船にしか見えない、
     とびっきりの切れ味の刀だ。
在乎   解希、だめよ、
解希   蓄音機、まだ動けるか?
蓄音機  あ・・りがと。

     蓄音機と解希、退場。

在乎   せっかくの夢が、死んじゃう。
精神科医 きっと、あれでいいんだ。
在乎   死んじゃうのよ?
精神科医 夢が眠れば、体が起きる。夢が死ねば、体は生き返る。
時限人間 先生、でいいかな、
精神科医 ああ。
時限人間 先生は、かなりしつこいみたいだな。
精神科医 ああ。

在乎   夜毎の夢がいつまでも、決して変わらぬ終末ならば、私の夢は方程式。
     私に誰かがとけ込んで、私は誰かを産み落とす。
     薄い括弧にくるまれた、外と混ざらない誰かの夢。
     私が息を吸うたびに、誰かの夢は私にとけて、
     私が息を吐くたびに、誰かの夢は雨粒となる。
     地面で砕け散った雨粒、空に昇って雲と成す。
     そうして誰かの夢達は、夜毎私の夢の中。
     誰だろう。空から落ちる雨粒達の、ひとつひとつを刻むのは。
     すべての雲が雨になるまで、私は答えを産み落とす。
     空と地面が世界なら、私は世界の方程式。
     世界の現が夢ならば、私は世界の方程式。

     解希、高校生を連れて戻ってくる。

在乎   解希。
解希   こいつだ。今起きたところだ。
高校生  どうも。はじめまして。えっと、時限人間、さん。
     何回もねじを巻いてもらって、ありがとうございました。
時限人間 いやいや。何千回だってまわしたさ。それしかすることが無かったから。
     残念ながらその仕事も無くなったみたいだけど。
精神科医 そんな事も言ってられないんじゃないか。

     解希、高校生、長風船を構える。

在乎   ねえ、やめてよ。
解希   やめられない。
精神科医 だそうだ。ほら時計。

     精神科医、時限人間に長風船を手渡す。

在乎   なんで?
解希   蓄音機に教えてもらって、こいつの家まで行って来たんだ。
     夢を斬ったら体は起きた。体が無いのにいつまで経っても
     薄まろうとしないのは幽霊だ。とっとと起きてくれ。
精神科医 君には関係無いだろう。
高校生  みんなが起きてくれないと、学校に行っても授業が無いんですよ。
時限人間 蓄音機、いや高校生か。君とは仲良くしたかったんだけどな。
高校生  僕もです。でもね、僕は今年受験なんです。浪人するわけにはいかない。

    、先手を切る高校生。

医者   おっと。

     余裕でかわして、斬り返す医者。

時限人間 年上をあんまり舐めたらいかんよ。

     気を抜いた時限人間に、解希が斬りかかる。
     崩れる時限人間。

解希   この刀は夢の刀だ。きっと中には刀の夢が入ってる。
     だからあんた達みたいな夢を斬ることはできても、僕達生身の人間は斬れない。

     暗転。
     浪人生だけが倒れたまま、板付き。
     浪人生、起きあがる。

浪人生  俺の体はさっきまで、確かにしっかり眠っ