高校のころ書いた恥ずかしい作品(3)

劇団R17第二回公演向けに前の二つの作品を書いた。上下作品として上演する予定だったが
思ったよりも役者が集まらなかった上に練習時間がやたら少なかったので、ごまかすために作った作品。
結局、本番ではアラアラだけを上演した。
ちなみに物食ったりマッチ使ったりとかよくするんですが、劇場側に前もって了承とっておけばだいたい使えます

  【G・H・I】

  登場人物

  エリス
  エリ子
  太田豊太郎
  侍
  郵便屋
  案内役


    だれにでも、いつでも、どこにでも。

1 不条理な前説明

     案内役、入場。

案内役  お芝居が始まる前に、皆様に一つお聞きしたいことがございます。
     今までにつまらないお芝居を見ていて、うっかり眠ってしまった事の無い方は
     どうぞ手を上げてください。

     多分、手は上がらない。

案内役  はあー。そうですか。皆さん、手厳しいですね。今回劇団R17が上演致します
     お芝居、実は案内役の個人的な事情による大変な駄作だそうでしてまあ率直に言うと、
     つまらないお芝居なんです。そこで、今、挙手なされなかったお客様には
     眠って頂こうと思いまして。ご心配要りません。皆様が起きられる頃には、
     第一部「アラ∞アラ」、第二部「遺伝」は終わっていると思いますので、
     夜行列車の一晩の様に、ごゆっくりレタルジーの夢の中でおくつろぎ下さいませ。
     アルファベットはABC、夢のタイトルは、【G・H・I】。

2 後に残った妄想

     エリス登場。

エリス  マッチ、いりませんか? マッチ、いりませんか? マッチ、買ってください。

     観客に懇願する。

エリス  マッチ、買ってください。お願いします。買ってもらえないと、
     家に入れてもらえないんです。お願いします。買ってください。お願いします。

     ひたすら、お願いする。買ってもらえるまで、お願いするつもりで。
     と、客席後ろから、明らかに変な恰好の侍、登場。侍に泣きつくエリス。

エリス  お願いします、マッチ、買ってください。
侍    もし、どなたかな。
エリス  マッチを買ってもらえないと、家に帰れないんです。
侍    なんと。親は何をしておるのだ。
エリス  今日、父が亡くなりました。
侍    父上が亡くなられた。
エリス  父は仕立職人で生命保険にも入っておらず、葬式を挙げる蓄えも無いのです。
     しかたなく母は私にマッチを売ってこいと言いました。私が厭だと言うと、
     暖炉の脇に置いてあった、石炭をくべるスコップで私を叩くのです。
侍    なんと! なんと言語道断な親! 許せん! お嬢さん、どうかわたしを
     お屋敷まで案内頂けますまいか。
エリス  いえ、ほんとうに、マッチを買っていただければそれでいいのです。それに、
     家は屋敷のようなものではありません。
侍    はあ、そうですか。しかし、
エリス  いえ、本当に、マッチをほんの一箱買っていただければ、それでいいんです。
     こんな立派なお侍様を、屋根裏へ連れていくわけにはいきません。
     あんなところに住んでいるのをこんなご立派な身振りの方に見られただけで、
     もう私は明日から恥ずかしくて外にも出られません。
侍    ううむ。そこまで言うなら、せめてマッチだけでも買うとしましょう。いくらかな。
エリス  一箱、四万円です。

     侍、後ろを向く。心の声。

侍    もしかして、これが噂に聞く悪徳商法なのだろうか。詐欺と言うものだろうか。
     もしそうなら私は何と運が悪いんだろう。
     待て待て、何を血迷っている。このような不憫な少女を疑うとは、何たることか!
     日本男児として恥を知れ! 今ある商品を全て買い占めるくらいの気概がないのか、
     それでは自分の肝の小ささを吐露しているようなものではないか!
エリス  一箱、四万円です。
侍    …全部頂こう。
エリス  ほんとですか?
侍    男に二言はない。全部この私が頂こう。して、いくつあるのかな。
エリス  一箱二時間なので、今日はあと四箱あります。
侍    なんのことだ?
エリス  お代は先払いで、十六万円頂きます。
侍    もし?
エリス  さあ、行きましょう。

     エリス、侍を連れて奥へ退場しようとする。と、座って見ていた案内役が物申す。

案内役  おまわりさーん。日本人観光客が現地の少女をホテルに連れこもうとしています!
侍    こら、何を言う! 私はマッチを買っただけだぞ。
案内役  それが駄目なんだよ。だから日本人は簡単に引っかかるって、世界中で
     舐められるんだよ。舐められるって、侍にとって一番の侮辱じゃないのか?
侍    なに? やっぱり、悪徳商法なのか?
案内役  世界ではね、騙されるのが悪いの。世界では、これ世界標準。
エリス  やめてください。この方は、何も悪いことしてません。
案内役  そんなことは分かってる。消費者としての心構えを伝授してたんだ。
エリス  でも、本当の話なんです。わたし、このマッチを売らないと家に帰れません。
案内役  そんな事は関係無いって言ってるんだ。
エリス  お侍さん、助けてください。
侍    ど、どうすればいい?
案内役  おい!
侍    なんだ。
案内役  マッチ売りの少女の話を知っているか。
侍    知っている。
案内役  じゃあ、マッチ売りの少年の話を聞いたことはあるか。
侍    いや。
案内役  じゃあ、マッチ売りの少女からマッチを買うのがどう言うことか分かっているな。
侍    今しがた、知った。
案内役  じゃあ、問題無いな。問題はお前。
エリス  だって、そうしないと生きていけないの。
案内役  そんなのも、まったくもって興味無い。
エリス  お金を下さい。同情するなら金を下さい。
案内役  ええい、誰がお前なんぞに同情するかっ。いいかっ、マッチが売れたら
     駄目なんだよ。マッチが売れたらマッチ売りの少女の話は完結しないんだよ。
     マッチ売りの少女のマッチは売れてはいけない。
エリス  そんなの、お話の中だけでしょう。
案内役  対価に合わないんだよ。

     案内役、エリスのあごをつかみ、顔を覗きこむ。

案内役  ほう。これが「二時間四万円」の顔か。四千円でも売れるか分からんなあ。
エリス  酷いっ!
案内役  マッチは売れない、売れずに家に帰れば待っているのは母親のしごき。
エリス  酷いっ。酷いっ!
案内役  母親だって判ってんだろうなあ。売れないの判ってて行かせるんだよ。
     子供を虐めて楽しんでんのさ。なあ。お前の両親が知り合ったのって、
     SMクラブだっけ。おっさん死んで欲求不満なのさ。お前ンとこのババア。

     言いきる前に、侍が中に入る。

侍    やめろやめろっ。
案内役  へっ。こういうのをな、前門の虎、後門の狼、空からハゲタカ、
     地面からモグラって言うんだよ。どうするんだ。死ぬのか。
エリス  死ぬのはいやっ!
案内役  死ぬか?
エリス  いやっ!
案内役  死ぬしかないんじゃないのかよ?
エリス  いや、いや、いやっ! どこにも進めないなら、時間を止めてっ。

     時間が止まる。

エリス  私は、こんなじゃなかったの。ねえ。

3 これが幸せな過去の妄想

     場は、教会の前。エリス、泣いている。豊太郎、入場。

豊太郎  どうしましたか、こんな寒い中。

豊太郎  もしなにかあるのなら、僕のように誰とも関わりの無い外国人のほうが何かと
     助けてあげられるかもしれません。ほら、泣いてはいけませんよ。
エリス  いいひとですね。あの人や母とは大きな違いです。

エリス  助けてください。母は、私がいうことを聞かないので叩くのです。
     父が死にました。でも家には、明日葬式をあげるお金もないのです。
     ですから、その、身売りをしろというのです。助けてください。
豊太郎  とりあえず家に伺いましょう。あまり大きな声で泣くと、目立ちますから。
エリス  ありがとうございます。

     エリス、退場。郵便屋、登場。

郵便屋  速達です。
豊太郎  ありがとう。

     豊太郎、封を開けて手紙を目で読む。
     エリス、入場。

エリス  拝啓、お変わりありませんか。

     豊太郎、手紙をポケットに突っ込む。

郵便屋  速達です。
豊太郎  ありがとう。

     手紙を読む豊太郎。

エリス  いえ、今となっては後悔するばかりです。
     あなたはきっと、家族も親戚もいない日本へは帰らないでしょう。
     このドイツでなら仕事もあり、普通に暮らすことも出来ましょう。
     そうでなくても私の想いが、あなたをどこへもやるまいと心しております。

     豊太郎、手紙をポケットに押し込む。

郵便屋  太田豊太郎さんですね。
豊太郎  はい。
郵便屋  速達です。

     豊太郎、封を切る。

エリス  ややができました。ここのところ体の調子が普通でありませんでしたが、

     豊太郎、手紙を丸めて、呆然と立ち尽くす。それを見下すエリス。

エリス  嘘ですよ? 豊太郎様。だって、貴方をドイツに、極東の島国の貴族の貴方を
     この汚らしい屋根裏の一間に縛り付けるには、それしかないんですもの。
     やや? そんなものは、おりません。おりませんけれども、早く帰ってきて、
     早く本物のややを下さいませ。

     豊太郎、エリスのところへ行く。

エリス  お帰りなさいませ、豊太郎様!

     抱き付くエリス。ところが、崩れるように倒れる豊太郎。

エリス  豊太郎様? 豊太郎様!
案内役  可哀そうに、豊太郎は。
エリス  何が分かるものですか!
案内役  甘ちゃんで、人生レベルが低いってのがよーく分かるねえ。ま、いいんじゃない?
     太田豊太郎はエリスの家に帰ってきたし。後は煮るなり焼くなりお好きなように。
     まったく、私に力仕事をさせるとはね。

     案内役、豊太郎を運んできちんと寝かせる。

案内役  そんじゃ、お楽しみね。

     そういって案内役、退場。豊太郎の横に座っているエリス。
     間。
     豊太郎、起きたようだ。

豊太郎  エリス。
エリス  豊太郎様。
豊太郎  ああ。
エリス  騙したのですね。
豊太郎  エリス。
エリス  別に構いません。
豊太郎  エリス。
エリス  だって、私も騙しましたもの。

     エリス、豊太郎の首を締めようとする。

豊太郎  ああ。

     しかし、締めることが出来ずに、倒れる。
     暗転。

4 今、妄想の中

     エリス板付き。倒れたまま。起きあがり、壁にもたれて虚ろに座る。
     間。

エリス  暗い、暗い、暗い、くらーい、くらーい。
     暗い、位、Cry、くらーい、くらーい。
     食らい、食らい、食らーい、食らい。ふふ。
     くらーいなー。くらいよー。くらいよー。くらいよー。くらいよー。
     ふふふふ。くらいんだもん。くらいのくらいの、ふふふふふ。
     ふふふふふふふふふふふふふ。あー、くらーいー。

     間。
     エリス、歌い始める。

エリス  くらいー、くらいー、うみのー、そこでー、
     くらいー、くらいー、よるのー、なかでー、
     ひとりー、うたうー。
     なにもみえないー、からだはとけてー、くらいー。くらいー。
     うみのなかー、だれかがみてるー。
     よるのなかー、だれかがー、みてるー。
     ずっとー、みえないままー、だれかがみてるー。
     くらいとー、ひとりー。
     ひとりはー、くらいー。
     ずっとー、みえないままー、だれかがみてるー。
     だれかもー、みえないー。だれかもー、ひとりー。
     みんなー、ひとりー。
     いつもー、どこでもー、ほんとはー、ひとりー。
     いつもー、どこでもー、ほんとはー、くらいー。
     だれでもー、くらいー。だれでもー、ひとりー。
     ひとりはー、くらいー。
     ひとりはー、くらいー。
     ひとりくらいー、へっちゃらー、へっちゃらー、へっちゃらー。

     すすり泣きを始める。
     間。
     ロウソクとマッチを持った案内役、登場。

エリス  あかるいよ。
案内役  暗いのと明るいの、どっちがスキだ。ん?
エリス  明るいほうが、きもちいい。
案内役  気持ちいいか。
エリス  あかるいのは、あったかいから、きもちいいでしょ。
案内役  そうだな。暗いのは、寒い。
エリス  ちょうだい。
案内役  ん。
エリス  ちょうだい。
案内役  これか。
エリス  ちょうだい。
案内役  ほれ。

     マッチを大量に渡す。火をつけるエリス。

エリス  きもちいい。
案内役  暗いのは、寒いからな。
エリス  火はね、遠いと寒くて凍えそうだけど、近すぎると熱くて焼けてしまいそう。
     愛もおんなじ。
     二人でお互い手をつないだまま、いつまでも変わらない距離を保ちつづけないと、
     愛が消えてしまったり、ケガをしてしまったり。
案内役  その点、マッチは便利だろ。
エリス  私一人で火をつけて、私一人があったかくて、私一人じゃ火傷もしない。
案内役  誰でも一度はする経験なんだ。子供の頃、家の中でマッチを見つけたときに
     初めて火をつけて、その明るさと熱さに驚くだろう。親に見つかれば怒られるし。
     でも、心のどこかで病み付きになる感覚だ。
エリス  火を見ると、どきどきする。
案内役  野生動物は、火を見ると逃げ出すだろう。火が怖いのさ。
     心で愛し合うことが出来るのは人間だけだ。
エリス  でも、むずかしい。
案内役  料理の初心者、キャンプファイヤーの初心者、飯盒炊爨の初心者、誰でも最初は
     火傷をする。初めっから巧いことやるやつは、天才だ。
エリス  私には豊太郎様しかいなかったのに。
案内役  見てみろよ。

     案内役、侍の左手を持ってきてエリスに見せる。

案内役  居合の段持ちだってな、最初の頃は自分の手のひらを切るんだよ。
エリス  いたいいたい。
案内役  それにしてもこれが侍か。まあへんてこな恰好をさせたもんだ。
     なあ、侍って何者か知ってるか?
エリス  日本の、

     間。

案内役  明治になって侍がいるわけ無いだろう。それとも何か、お前には豊太郎が
     こんな間抜けなふうに見えてたってか。
エリス  だって、日本に行ったことも見たことも無いのに。
案内役  豊太郎は実は宇宙人でした。日本なんて国はホントはありません。

     間。

案内役  だとしてもおかしくない。お前の中では。
エリス  豊太郎様はもう戻ってこないもの。
案内役  それはお前が浅はかだったのさ。

     郵便屋、入場。

郵便屋  速達です。

     封筒をエリスに渡す。

郵便屋  それと、ソックタッチです。

     ソックタッチ(実は口紅)をエリスに渡す。

郵便屋  女性は身だしなみは大切に。それでは。

     郵便屋、退場。

案内役  これ、口紅じゃないか。
エリス  私はこれを読めない。
案内役  人間の半分は男なんだから。
エリス  でも、豊太郎様は一人しかいない。
案内役  なんでそんなに豊太郎にこだわる。こいつだっていいじゃないか。
     お前の妄想だって構わない。自分よりもレベルの低い男を篭絡しろ。
エリス  いや。
案内役  じゃあ、自分を磨け。郵便屋の言ったように、お前自身が豊太郎よりすばらしい
     人間になってみろ。全ては、そのときに分かる。

     案内役、退場。
     エリス、マッチに火をつける。そして、消す。
     エリス、侍の刀を奪い、侍を切りつける。

エリス  あんたじゃ役にたたない。

     倒れる侍。エリス、おもむろに口紅をつける。そして退場。

5 間違った妄想

     エリ子入場。マッチ売りの少女。

エリ子  マッチ、いりませんかー。マッチ、いりませんかー。マッチいりませんかー。

     倒れている侍に声をかける。

エリ子  もしもし、そこのハンサムでクールでダンディーなお兄さん?

     もちろん、侍は返事をしない。

エリ子  ねえねえワイルドでマッチョで、えーっと、とにかくかっちょいいお兄さん?
侍    私は、苦しいのだ…
エリ子  え? なに?
侍    実は先ほど、行きずりのマッチ売りの少女に騙された上に辻斬りに遭って…
エリ子  あたしじゃないよ。
侍    む。たしかに、先ほどのマッチ売りの少女は確か、えりすと呼ばれていたような。
エリ子  あたし、あたし、エリ子。
侍    なに。
エリ子  他人、他人。
侍    それは見れば分かるが、むう。なんと奇遇な名前。
エリ子  でね、お兄さん。マッチ買って。
侍    ついさっき、マッチ売りの少女にだまされたところだ。
エリ子  あ、ひっどーい。その子に騙されたからって、私まで疑うんだー。

     侍、後ろを向く。

侍    ああ。いや。私はさっき、確かに騙された。いや、騙された。仕方が無かったのだ。
     あのように、いやまて。この、エリ子と名乗った少女は、見てくれは弁えの無い
     喋り方をしてはいるが、それがどうこうと、ええい! 他人を外見で判断するとは、
     何たることか! ここは男として、買うべきなのでは! そうだ! 買うべきだ!

エリ子  ね、マッチ買って。
侍    全部頂こう。
エリ子  一つ、五万円です。あ、でも、お兄さんハンサムだから四万九千円にまけてあげる。
侍    すべからく、全部頂こう。
エリ子  キャーありがと! これで、欲しかったプラダとヴィトンとエルメスが買える!
     お会計は先払いで49万円になります。

     会計。

エリ子  ありがと、ネカチモ王国ニッポンのハンサムなお兄さん! あたし、ニッポンって
     大スキよ! 特に、ジャッキーチェンとか! じゃねっ!

     エリ子、退場。

侍    エリ子、ジャッキーチェンは中国人だ。

     間

侍    騙された!

     呆然とたたずむ侍。と、案内役がエリ子の首根っこを捕まえて入場してくる。

エリ子  はーなーせー。
案内役  おい。また騙されたのか。
侍    面目ない。
案内役  おんなじ人間のおんなじ手に二回も三回も引っかかりおって。
侍    三回も騙されてはいない。まだ、二回目だ。
     しかも、さっきのはエリス、今回はエリ子だ。
案内役  三回騙されてるって。なあ、エリス。
侍    エリス?
エリ子  あたしエリ子。だれ? エリスって。
案内役  あんまり人を舐めてばっかだとな、ゴルァ!
エリ子  わっ。
侍    どう見ても別人だが。
エリ子  あたし、エリ子。
案内役  エリ子の「子」は、茄子の子、椅子の子、エリスのス!
エリ子  はーなーしーてー。

     げしっ。

案内役  いてーっ!
エリ子  うるさいセクハラ。
案内役  セクハラもクソも無いんじゃ。おい、こんなアホに騙されて悔しくないのか!
侍    もちろん悔しい。しかしな、それにみすみす引っかかる自分が情けない!
エリ子  バーカバーカ。
侍    悔し、悔し、悔しい!
案内役  泣くな! それでも男か!
侍    しかし悔しいのだ。
案内役  お前、侍だろう。こんな不届きな女は斬ってしまえ。
     こーかいしょけーターイム!
侍    うむ。殺生は好まんが、致し方ない。

     しかし、刀が無い。

侍    しまった! 刀が無い!
案内役  なに? 刀は武士の命だろうが!
侍    しまった! これでは腹を掻っ捌く事も叶わない。
エリ子  バーカバーカ。
案内役  うるさい!

     チョップ。

エリ子  いたい! なにすんのセクハラ!
案内役  俺の手のほうが痛いわ石頭!
エリ子  その兄ちゃんの持ってた日本刀ならね、売っちゃったわよ。
     ウンター・デン・リンデンの裏手の、豊太郎様の時計を預けた質屋にね!
侍    なにー! あの刀は祖父の代から受け継いでいる備前一文字だぞ!
エリ子  ええ、結構いい値で引き取ってもらったわ。それとこないだ兄ちゃんからもらった
     十六万円、他にも色々あわせて全部、体と顔に注ぎ込んだわ。どう、この美貌。

     エリス、なんか知らんけど艶めかしいポーズ。

案内役  で、希望小売価格は。
エリ子  あーら。非売品よ。
案内役  意味ネエ!

     豊太郎、入場。

豊太郎  エリス!
エリ子  豊太郎、様?
豊太郎  エリスか?
エリ子  豊太郎様!

     豊太郎に抱きつく、エリス。
     間。

豊太郎  いや。これは、エリスじゃない。
エリ子  豊太郎様?
豊太郎  エリスはどこだ?
エリ子  ここにおります。豊太郎様のために、きれいになりました。
豊太郎  違う。あなたは、エリスじゃない。
エリ子  エリスです。
豊太郎  人間違いでしょう。

     豊太郎、エリ子を振りほどき、踵を返す。と、そこに立っているのはエリス。

豊太郎  エリス!
エリス  豊太郎様!

     ひしっと抱き合う二人。

エリ子  なんで? あたしのほうが、この子より遥かに綺麗じゃない?
     豊太郎様のために、ずっと自分を綺麗にするためだけに生きてきたのに。
     もしいつか豊太郎様が帰ってくるときがあれば、と思ってひたすら。
豊太郎  君は確かに綺麗だ。君がそこまで整形するのにどれだけお金をかけたか
     分からないけど、このエリスの綺麗な心は金では買えない。
エリ子  豊太郎様を騙して! 来る日も来る日も独占欲に駆られた!
     そんな心がキレイだって言うの?
豊太郎  僕だってそうだった。由緒ある家に生まれて、18で大学を主席卒業した。
     エリートコースの頂点に乗ってドイツにきた。
     でも、結局は人間なんてこんなもんさ。なんであの時気付かなかったのか。
     もう遅すぎる。エリスの綺麗な心を汚してしまったのは僕でもある。
エリ子  豊太郎様。

     豊太郎、エリ子を軽く、戸惑いながらも抱きしめる。

エリ子  豊太郎様。
豊太郎  でも、僕は行かないといけない。このエリスを一人残してはおけない。行こう。

     豊太郎、エリスを連れて退場。

案内役  あの手紙、結局まだ読んでないのか。

     慌てて手紙を懐から取り出し、読むエリ子。

6 行き場の無い、残された妄想

エリ子  拝啓 愛しいエリスへ
     これ以上無いほどに後悔しています。今更いい訳にしか聞こえないけれど、
     僕は、日本に帰ったのではありません。ふがいない僕を許してください。
     もう一度、ドイツに行きます。今度は、誰にも邪魔されない恰好をして、
     なにがあっても困らないように準備もして、迎えに行きます。
     エリスの元気な姿を見るのが楽しみです。それが今、僕が持つ唯一の希望です。
     もしもう一度僕と会ってくれるなら、その日までに元気になってください。
     僕の我が侭でしょうか。でも、それでもいい、と思ってしまいます。 太田豊太郎
案内役  馬鹿だな。
エリ子  うるさい!
案内役  アホだな。
エリ子  うるさい! あたしのほうが、よっぽどいい女じゃないか。
     ひたむきに努力してきたのに。
案内役  結果オーライだ。
エリ子  あんないつまで経ってもふらふら心が空っぽの女が、そこまでいいの?
案内役  豊太郎は、そういう男だったって事だ。
エリ子  過去。

     エリ子、侍に詰め寄る。

エリ子  ふうん。よく見りゃ、ちったあイイ顔してるんじゃない。さっきのはお世辞だけど、
     これは本音。
侍    あ、
エリ子  ところでさあ。
侍    え?
エリ子  何慌ててるの。この体はね、もう安売りしないんだから、期待しても何も出ないよ。
     あれぽっちの金でいちいち抱かれたら、原価割れするの。
侍    別に。
エリ子  あの子はあんたを望んだみたいだけどね、あたしにはなんの用も無いわ。
侍    失礼だな。
エリ子  で、一つお願いがあるんだけど。
侍    用が無いって、いま言ったところだろう。
エリ子  さっきのマッチ、くれない?
侍    一本2500円。
エリ子  そんな意地悪しないで。
侍    持っていけ。

     マッチを全部、エリ子に渡す。

エリ子  ありがと。

     腰掛け、壁にもたれて、マッチをするエリ子。

エリ子  あー、あったかい。気持ちいい。

     間。

案内役  寂しいな。
エリ子  私は生まれたときから一人なの。
案内役  寂しいな。
エリ子  私の人生の楽しいところはみんな、エリスが抱えて離さない。
     苦しいところも、辛いところも、幸せなところも、大事なところは全部
     あのふらふらした娘が持ってる。私には最初から何にも無いよ。
案内役  ホントに、寂しいな。
エリ子  だから私は、いつも一人でマッチを擦る。
案内役  寂しくて涙が出てくるよ。
エリ子  一番寂しいのはね、自分がいかに幸せか判ってないエリスなんだ。
     苦しみを知ってることが、悲しみを知ってることが、どれだけ幸せか。
案内役  お前だって、十分幸せだ。
エリ子  私には、幸せなんていう感情は理解できない。
案内役  もしそうなら、そんなふうに寂しくないだろう。
エリ子  寂しい? それは何? 私には理解できない。
案内役  マッチを擦れば擦るほど、体が冷たくなっていくだろう。

     案内役、エリ子にキスをしようとする。エリ子、二人の口を手で塞いで断る。

案内役  あーあ。寂しさも幸せも知らないのに、強がりだけは知ってるんだな。
エリ子  あたしは高いって言ってるんだよ。それに、あの侍がいる。
案内役  俺はどうなってもいいんだよ。見てるだけだ。今、お前が誰かに慰めてもらいたと
     思ったからだ。それに、あいつは関係無いんだよ。あいつは良心の塊だ。
     無欲で、疑わず、施し、怒らない。ただ、悲しむだけだ。
エリ子  あんたは。
案内役  欲望。
エリ子  そのまんまじゃないか。
案内役  お前と、あのエリスの欲望だ。俺自身、何も求めちゃいないさ。
     一人の時に、マッチに火をつけて寂しさと紛らわすのを教えたのも俺だ。
     今お前に、一人でマッチに火をつけることの寂しさを教えた。
エリ子  あのエリスが一人占めしている、感情が欲しい。

     案内役、エリ子の額に手を当てる。

     エリ子、泣き出す。

案内役  それが、心で感じる感情だ。

     案内役、マッチに火をつける。

エリ子  あったかい。
案内役  マッチの火は、寂しさを知っている者だけが、温かく感じられる。
エリ子  あったかい。
案内役  今に足りなくなる。ストーブとか、エアコンが無いと耐えられないようになる。
エリ子  でも今、温かいものは、マッチの火しか知らない。

     案内役、退場。
     エリス、入場。マッチに火をつけて、ロウソクに点火。
     エリ子、マッチに火をつけて、ロウソクに点火。