ファッションマンガ界のダークホース、「あつらえ王子きせかえ姫」

いいかげん漫画の表紙買いにも限界がきたので、最近はファッション漫画を絨毯爆撃している。


Elasticで最近紹介されていた、新しいファッション漫画「繕い裁つ人
http://taf5686.269g.net/article/15938237.html
が大変面白そうなので、本屋をしらみつぶしにあたっているのだけど、全然ない。新人の発連載で入荷が少なく、さらに震災の影響で発行数が少なく、しかもElasticなんかで紹介されたもんだから全部売れてしまったんじゃないかと思う。
しょうがないので、最近ひそかに発見した、すごいダークホース胡桃ちの「あつらえ王子ときせかえ姫」を紹介する。


多分、普通の人が今「ファッション漫画」ときいて思い浮かべるのは、
メンズなら「王様の仕立て屋
王様の仕立て屋 1 〜サルト・フィニート〜 (ジャンプコミックス デラックス)
レディースなら「Real Cloths」
Real Clothes 1 (クイーンズコミックス)
じゃないかな
どちらも(もちろんギャグが入った場面でキャラがデフォルメされることはあるが)基本的に、服装を見せるべき場面では、ページぶち抜きの大コマで、等身大のリアルな絵柄を見せる漫画。


知っている人は「胡桃ちの」と聞いて、何を思い浮かべるであろうか、知らない人はこの表紙絵を見て何を思うだろうか。
あつらえ王子きせかえ姫(1) (アクションコミックス)
胡桃ちのといえば、極端なデフォルト、かわいいかわいい系の少女少女した絵柄。
少女系のファッション漫画といえばおそらく筆頭にくるのは「ご近所物語
ご近所物語 完全版 1 (愛蔵版コミックス)
だと思うが、ご近所物語のメイン題材はあくまでメインは恋愛であって、ファッションはネタにすぎない。いわゆる「ファッション漫画」にでてくる「うんちく」みたいなものはあんまりなく、作中のファッションについての見所は、登場人物たちの服装に終始する点で、おそらく他の矢沢あい漫画とさして違いがないし、つまりは「純然たるファッション漫画」とはいいにくい。


胡桃ちのの絵柄というのは、矢沢あいに輪をかけてデフォルメされている。そのうえ4コマである。ファッション漫画をやって映えると思える要素が(申し訳ないが)何ひとつない。しかしまあ、読んでみなければ始まらない、と言うので買ってみたら、いやはやこれが想定外に面白かった。


多くのファッション漫画は、特徴が両極端に分けられると思う。

※敢えて言えば、この他に「どっちでもない系」というものがある。さしたるうんちくもなければ、登場する服のオシャレさで読者を魅了することもない(が、漫画の中ではなんだかすごいということになっている、記号化された「オシャレ」が題材の作品)「ジョシの制服」「海月姫」など


どちらも、偏りすぎるとよくない。ファッションについて色々うんちくをたれてるのに、全然絵柄に魅力がないなんてのはどうかと思うし(だってそれなら、絵いらないよね)、かたや、CROTH ROADなど、超オシャレな服が登場するけど、それだけ、というのはちょっと違うと思う。だって、南国アイスホッケー部はアイスホッケー漫画じゃないし、泣くようぐいすは野球漫画じゃないよね。


なので、ファッションにまつわるシナリオやうんちくがない漫画はファッション漫画ではないと思っていて、つまりCLOTH ROADは私の中ではファッション漫画ではないのだけど、うんちく系ファッション漫画というのも、それはそれでなかなか難しくて、どうしても似通ってしまう。


王様の仕立て屋やOrder-Made、こっとん鉄丸など、ほとんどのファッションうんちく漫画は、

  • 毎回違うお客さんと、課題が登場する
  • その課題を解決するにあたって、新しいうんちくが登場する

というプロットの無限ループになっていて、いわゆる「美味しんぼの焼き直し」である。
もちろん漫画というのは無数にあるので、まったく新しいプロットの形式なんてなかなか作れるものではなくて、別に読み手としてもそれを求めてるわけではないから、美味しんぼの焼き直しでも、別にそれなりの独自性があって、おもしろければそれでいい。
(たとえば、個人的には王様の仕立て屋はけっこう楽しく読んでいるが、Order-Madeなんかは「美味しんぼの焼き直し」どころか完全に「王様の仕立て屋+ナッちゃん」であって、しかも全体的に漫画力が拙いので、典型的な残念作だった)


この点、Real Clothsは、既製服業界の話なので、オーダーメイド業界の美味しんぼメソッドのように、必ずしも課題が人物に附帯するわけではないところに自由度があり、かつ「サラリーマン金太郎メソッド:会社の中で課題を解決していくことでのし上がる」で、この組み合わせはなかなか面白い。


さて、「あつらえ王子きせかえ姫」は「おようふくくらぶ」という、高校生の部活動のお話である。一般的に部活動漫画というとスポーツ物が多く、単純に言えば「インターハイ制覇」「日本一」「世界一」みたいな展開になる(YAWARAメソッドと言ってもいいかもしれない)最近のものだと「ちはやふる」「とめはね!」とか。
しかしこの漫画の題材はファッションなので、必ずしも誰かと対戦する必要はなく(もちろん対決もあるが)、つまりYAWARAメソッドをも取り入れつつ、「部活動漫画も試合ばっかりじゃないよ!」と、部活動漫画の枠組みを広げることさえ実現している。
自分たちで服を作るというシナリオはご近所物語に似ているが、ご近所物語よりもうんちくがしっかりしていて、かつ、一般的なうんちく系ファッション漫画のように、オシャレじゃない人をオシャレにしていく、という美味しんぼメソッドも部分的に取り入れられており、真面目にオシャレを作り上げている。(ご近所物語は、登場人物がみんなオシャレ最強なので、ファッションについては何も事件がおこらない)
かつ、前述した作品たちのように「作る服を着る人が決まっている」「誰が着るかわからない」の両方をうまく取り入れており、ともすれば本当に一本道のシナリオになりがちな課題型4コマにあって、ファッションのうんちくを縦横無尽にとりいれることに成功している。つらつら書いてきた、どちらか片方に偏りがちなファッション漫画の要素の多くを、たいへん美味く綯い交ぜにして使いこなしていて、実はかなり驚くべき作品である。


とはいっても、一番びっくりしたのは、この絵柄で「あー、たしかにこれはオシャレだ!」と思わせるコーディネートをたくさん登場させていて、うんちくばかりの頭でっかちでなく、ちゃんと読者の視覚にオシャレを訴えることができている点だった。漫画的要素だけでなく、文と絵のバランスもとってもいいのだ。


「あつらえ王子ときせかえ姫」すごくおすすめです。