高校生のころ書いたSF風戯曲をうpしてみるよ

id:minechi_nにせかされているのですが、急には書けないので、ちょっとつきだしでもおいときますね。
連作で1作目「消えるものへ」2作目「星」です。

高3の時に実際に演りました。
http://west-power.co.jp/theatre/report/r000050.htm

いろいろと明らかにおかしい部分がいっぱいあるとは思いますが高校生の作品なので見逃してやってください。物事のよくわかってない厨二病が後先考えず行動するとこうなるという戒めであります。

  消えるものへ

   登場人物

  A
  B 先生
  C チェン
  D 写真家
  E 物書き
  F 歌姫
  G 削除屋

   ノートから消されたものが行くところと、ノートに書きこまれたところで、いつか。

   劇中において、ノートから消されたものの行くところでは、
   キャストはそれぞれのアルファベットで表される。
   ノートに書きこまれたところでは、キャストはそれぞれの名前で表記される。
   ただし文字数の都合により、名前で現すべきところをアルファベットで
   現す場合もあるものとする。

     E、G板付き。F、客席の適当な場所に座っている。
     Gは、ひたすらノートの文字を消しゴムで消している。
     Eは、ひたすらノートに文字を書いていっている。

     間。

     A、入場。

A    昔、青くて広くてがらんどう、からっぽな空の下で僕達は、跳ねたり飛んだり
     駆けまわっていた。

     B、入場。

B    地球上には大気があります。空気があります。
A    先生の授業はいつも為になります。

     C、入場。

C    私達には想像もつかないような大きな大きな、それはそれは巨大な
B    ラージで
C    ビッグで
B    ジャンボで
C    ヒュージな地球が! 引力で大気を、常に常にホラ今も、どんどん大気を
     引っ張っているんです。
A    重い………
C    そんなことはないでしょう。
A    僕はこの大空一杯に埋め尽くされている大気が地球の引力で引っ張られて
     地球の真中に向かってどんどんどんどん
B    圧力をかけている
C    もし地球の、私のこの足の下に土がなかったら、
B    土じゃありません。コンクリート、いや板かマット。
C    そしたらきっと、この世界中の大気という大気がきゅうううううう、っと
     地球の真ん中に集まって、点よりも小さな点になってしまうんです。
A    いや有り得ないから。土が全くなかったら引力もない。それって地球もない。
CB   誰が決めたんだ?
A    誰が決めたって言うか、ニュートンが見つけたイチゴを
C    ミカンじゃない?
B    いいやブドウだろう。

     D、入場。

D    メロンだったような。
A以外  違う、リンゴだ! (と言ってリンゴを前に突き出す。)
A    誰が決めたんだ? これがリンゴだなんて。
C    原子間引力を発見したのはファンデルワールスです。
B    誰が決めたんだってば。
D    決めたんじゃない、発見したんだ!
A    そんなことを言ってるんじゃない!
BCD  え?
A    そんな、生きていくのに何の役にも立たない事を
B    私が生活していけるのはニュートンのおかげだ。
C    どうやって?
B    先生は生徒に教えてお金を貰うからさ。
A    僕には役に立たない。
D    誰が決めたんだ?
C    よすんだ。
A    もういいってば。そのおかげで僕には青空が重たくって、今にも僕を
     押しつぶしそうで怖くてならない。
B    気のせいです。君くらいの年頃にはよくある話しだ。
D    僕にはそんな経験ないなあ。
C    私もないわね。
B    裏切ったな。
CD   それはお前だ。
A    僕が学校で教わったと思えるものは、その役に立たないただ一つだけだった。
B    そんなことはないさ。ほら、見上げてみろ。

     全員、思いっきり上を向く。

B    いやあ、今日も良く晴れた青空だねえ。どうだい。押し潰されそうかい?
A    いえ。全然。
B    ほらほら、錯覚さ。
A    そんなことはない。青空を見ると、僕は押しつぶされそうになるんだ。
B    ほらよく覗きこむんだ、あの青空を。
CD   真っ黒天井真っ黒天井真っ黒天井真っ黒天井
A    そこに青空があるなんて誰が決めたんだ。

     E、書くのをやめて、顔を上げる。

E    俺か?
ACD  そうだ、お前だ! ぜんっぶお前の責任だ!
E    とにかく、青空を見るんだよ!
B    青空なんてないってば。
E    お前、裏切ったな!
E以外  それはお前だ!
全員   ようこそお越し下さいました劇団R17旗揚げ公演「鑿と彫像」、

     ピ――――――――――(音響で、何を言っているかわからない。)溶暗。

全員   第一部、消えるものへ。

     やがて明かりがつく。Cが入場。堅くてたどたどしい喋り方で案内を始める。

チェン  お客様にお願いします。上演に先立ちまして、携帯電話等の音の出る物は
     電源をお切りになるか音の出ない状態にしておいて戴くよう
     御願い申し上げます。なお、お配り致しましたアンケート用紙のご記入を
     よろしくお願いします。

     物書き、入場。

物書き  ほんま下手やね。地区大で個人演技賞とったんやろ?
チェン  あれは役者やんか。しかも男役。
物書き  なんで男役できて素でゆわれへんかなあ。
チェン  いいの。とにかく苦手やねん。
物書き  それも不思議やけど。いっちゃんおかしいんは、お前が前説やってることや。
チェン  だって、先輩に行けゆわれたんやもん。
物書き  ううむ。代わりは幾らでもおるやろうに。
チェン  うっさいなあ。もう帰るで。

     二人、さっと携帯を出す。

物書き  何? 今どこ?
チェン  駅。
物書き  なんでやねん。俺ずーっとホールの前で待ってたのに。
チェン  なんでやねん。今先輩等とコンビニおんで。ていうかもう電車乗るわ。
物書き  お願いします。待っててください。
チェン  まったく〜。しょうがないなあ〜。
物書き  ちょっと待って、話とんでるて。
チェン  は?
物書き  劇は?
チェン  いや終わったやん。
物書き  俺見てない。
チェン  はあ?
物書き  …いや、うんいいわ。待ってて下さい。

     二人、携帯をしまう。

物書き  どうも遅れました。
チェン  遅い。
物書き  どうもすみません。
チェン  酒おごれ。
物書き  はいはい。

     先生、入場。

チェン  私、今まで酔いつぶれたことないんですよ。
物書き  そういう事を自慢にできるのもこの歳くらいですから。
先生   でも、未成年だろ?

E    そうやってリキュールを一気飲みした後の彼女のほっぺたは、
     まるで猩紅熱にかかった子供のように真っ赤に染まって、艶めいていた。
B    猩紅熱、英語で言うとスカーレット・フィーバーだな。
E    風と共に去りぬ、ですか。
C    それはスカーレット・オハラです。

     G、消しくずを息で吹いて飛ばす。
     AD、入場。

AD   びゅううううううう。
B    誰だね、君達は。
D    風と共に去ってきました。
E    どこを去ってきたのですか?
A    わからないんです。
D    わからないんじゃない。わかる必要も無いし、わかりたくもない。
C    ただひとつわかっている事は、去らなければならなかった場所だという事。
B    風はひたすら吹いてどこまでも私を置き去りにするが、私はいつまでも
     ここから動かない。
C    それは「風と共に去らぬ」です。
E    どうして去らないといけなかったんだ?
D    私達がそこにいてはいけなかったからじゃないのか。
B    消されたんです。
E    そんな、誰に?!
EA以外 お前だ!
A    僕達が、あそこを風と一緒に飛んできたのか風に見放されて歩いてきたのかは
     わからないけれど、とにかく今は前髪をさするそよ風でさえも砂袋のように
     僕の横顔を重くなぎ払う。そしてやっぱり大気に押し潰されそうなんだ。
E    俺は劇を見てない。見たはずなのに。そんな風には書いてない。

     G、やっと顔を上げ、Eに語り掛ける。

G    これだろう。(ノートを出す。)
E    何でそのノートをあんたが持ってるんだ。
G    消しゴムが足りなくて難儀しているんだ。私の筆箱に入っている消しゴム
     といえば、普段から小指の先ほどのカケラとシャーペンの後ろについてる
     消しゴムしかないから全部使い切ってしまった。誰か持ってないか?
G以外  わたしの筆箱の中もそうだった。
B    誰も消しゴムを持っていないのか。
ACD  ああ。
G    ああ、あともう1行で全部の文字を消すことができるんだが。
B    破ってみるというのはどうだろう。
D    ページを破ったところで文字は消えませんよ。 
C    それよりここはどこ?
G    消しゴムのカスが落ちる場所。ほら。

     G、ノートを払う。大量の消しカスが落ちる。

E    お前は誰だ。
G    私に聞かれても困る。
E    何で私のノートを持ってるんだ。何で消すんだ。返せ!

     E、Gからノートを取り返そうとするが、Gはノートを客席の間の通路に
     投げ捨ててしまう。

G    これでもう誰もさわれない。
E以外  隠すな!
E    なんの事だ。

     客席に座っているFの携帯電話が鳴る。

E    だからさっき音の出ない状態にしてくださいと言ったでしょう。
C    彼女は悪くない。
B    (Eに向かって)さっきから何度言ったらわかるんだ。
E以外  隠してるもうひとつのノートを出せ!

     E、ノートを出す。A、とっさにそれを奪って読み始める。

G    (Fに向かって)あの、消しゴム持ってますか? そのノートの最後の一行を
     消して、持ってきていただきたいんです。

     観客気分満々のF、恐る恐る動いて、ノートの文字を消す。
     そして、舞台に上がって、ノートを床に捨てる。

G    自分で自分を消す感覚はどうでしたか。
D    とにかく、これで全員そろったんでしょう。
B    何の為に我々は消されたんだ。
C    過去を清算する為?
D    消されたのにここにいるのは何故だ。
F    私は歌うためにここに来たのだけれど。
A    あなたは…歌姫ですね。
B    名前があるのか。
C    何を歌うの?
歌姫   それはわからないけれど、

     E、歌姫、携帯電話を出す。

物書き  んで、キャストの件やねんけど。
歌姫   ふぅん。あのさあ、あたし何でもええねんけど、ひとつ御願いしていい?
物書き  ええよ。なに。
歌姫   歌いたいねん。
物書き  ううん、ええんちゃう? ま、なんとかなるっしょ。

     二人、携帯電話をしまう。

D    またお前の責任か。
C    単刀直入に目的を言え。
E    歌姫は歌うためにここにいるんだ。機会があれば歌うさ。
A    あなたの名前は物書きですね。
物書き  そうだ。物を書いている。しかし、私は自分の書いたせっかくのノートを
     消しゴムで消すようなことはしない。
G    だから私に押し付けたんだろう。
A    あなたは、削除屋さんです。
削除屋  センスの悪い名前だな。
BCD  みんな目的をもっていた。けれどもこの時点の私はまだ自分の名前も目的も
     手にしていない。多分恐らくきっとこの後すぐに彼から、物書きの定めた
     私の宿命と私の運命が読み上げられるのだろう。
A    あなたは先生だと書かれています。
CD   そしてまたいつか、ともすればすぐに、もしかしたらもう既に、私は、
     私の名前と私の目的は、削除屋によって消されるのかも、
     消されているのかもしれない。
A    あなたは写真家のようですね。
C    消されれば、物書きがまた私の名前と私の目的をどこかに書き記すのだろう。
A    あなたの名前はチェンです。
先生   ジャッキーですか?
写真家  ということは、あなたは格闘家ですか。
削除屋  ジャッキーチェンは映画俳優だ。
チェン  私は画家です。
A    でもチェンという名前ですよね。
チェン  私に責任を求められても困る。親が付けてくれた愛すべき本名です。
歌姫   ジャッキー・チェンは本名だったっけ。
チェン  ジャッキーじゃない。ヤン=チェンです。
削除屋  ところであなた自身の名前は。
A    どこにも書いていません。いえ、「A」とだけ書いてあります。
先生   ABCのAですか。
物書き  まだ彼の名前だけ考えてないんだ。
E以外  早く考えろ、物語が先へ進めない!
物書き  君の名前は「エイ」、カタカナでエイだ。
AE以外 なんて短絡的な発想なんだお前は!
エイ   ともかく、僕の名前はエイというらしい。
     物書きと、物書きのノートに書かれた削除屋は真新しい赤血球を作る脊髄と、
     血管内壁にへばりついて古くなった赤血球を捕食するクッパ細胞のように
     二人のいる世界自身が死んでしまうまで堂堂巡りを続けるのかもしれない。
写真家  エイ、本当にそんな名前でいいのか。君の名前からは何の目的も見えないぞ。
物書き  何か勘違いしているな。写真家、君は写真家という名前だけれどもしかしたら
     ラーメン屋のウエイターかもしれないじゃないか。先生だって、
     漫画家の先生かもしれない。私には常識が無いぞ。名前に寄りかかって
     安心するのはやめろ。
歌姫   一理あるわ。それにもしかしたら「エイ」だって、立派に運命と宿命を
     孕んだ一番いい名前かもしれないし。写真家、あなたの感性だけで「エイ」
     という名前に意味が無いと言うこと自体がナンセンスよ。
エイ   目的なら一番最初に名前が無いときからある。僕はどうにかして、
     この重苦しい青空の重圧から逃れたい、それだけだ。
先生   歌姫は、自分で自分を削除したぞ。
削除屋  私が指示したんだよ。
物書き  その通りだ。エイ、君は何とかしなくちゃならない。
エイ   そうだ。僕だけじゃなくて、みんなが死んでしまうから。
チェン  どう言うこと?
エイ   今そこを読み始めたんだ。ノートの13ページに書いてある。
     本当に空が落ちてきてる。
物書き  そう、秒速何キロメートルという速さで、大気圏の上限が地上に向かって
     落ちてきている。気圧がどんどん高くなっていく。
チェン  速さを求めたのは誰だ!
先生   大気圏の厚さは3万キロメートルだ。
歌姫   1万5千キロメートルになれば2気圧、1万キロメートルになれば3気圧。
物書き  速さは要らない、スキューバダイビング用の酸素ボンベが必要だ。

     ノートに書きこむ。

先生   1000分の1、30キロメートルになれば大気は液化する。
E以外  ごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼ……
物書き  今度はスキューバダイビング用のウエットスーツも必要だ。

     ノートに書きこむ。

写真家  大変だ、その光景をカメラで写して世界中に報道する必要がある。
先生   そんな必要は無い、世界中が同じ時に同じ経験をする。
物書き  誰が現像するんだ。どこに暗室がある?
写真家  暗室ならここにある。誰かがきっと現像してくれる。
チェン  真っ白なキャンバスに描き留めて、後世に伝える必要がある。
先生   水の中で絵を描くのか? シドニーオリンピック聖火リレーで松明を
     海の中で燃やし続けた事よりも難しいぞ。
物書き  水中用松明だって10分と持たない。何が描ける。
チェン  なんだって描ける。10分で描いたものが全てだ。
先生   誰がその絵を鑑賞するんだ。
チェン  魚でも良い、鳥だって良い。何もいなくともキャンバスから遠慮無く絵の具を
     えぐり取っていく水の流れが覚えていてくれる。
写真家  幾ら上手に絵を描いたって、写真には勝てないだろう。
チェン  冗談を言うな。機械じゃない、この私がこの目を通してこの指を運ぶんだ。
     音も振動も温度さえも、目に見えないもの全ての隅々まで一つの絵に
     描き現すのが私の宿命だ。私にはその力がある。
写真家  カメラほど正直に世界を見透かす目は無い。何の偽りも無く、あるがままの
     裸の世界を見せてくれる。私はカメラ自身ががいかにそのままの世界を
     見ることができるかを考えるだけだ。私には世界最高のカメラ職人が作った、
     世界で一番正直な目がついている。
チェン  絵筆にも魂が詰まっている。一本の毛先の動きで全てが変わる。
     そして絵の具の機嫌を伺いながら、私は巧みに仕立てていくんだ。
     一つの平面に、縦も横も奥行きも。
写真家  そうだ。世の中の絵描きという絵描きは諦めてしまったんだ。
     何万年も前、人類が絵というものを描き始めてから100年前まで、
     世界中の絵描きは、自分こそが世界で一番精巧な、世界のミニチュアを
     作り得るものだと信じ、目指して絵を描いていた。
先生   クロマニヨン人が描いたラスコーの洞窟のウシも、
削除屋  エジプトでヒエログリフと共に描かれるオシリスの横顔も、
物書き  幼稚園児がクレヨンで殴り描く「おとうさんのかお」だって。
写真家  デッサンも透視法も理論も何にも無い、そこにあるものを、ないものを
     純粋に描きたいんだ。
歌姫   何万年もつもり積もったその想いが、やっとつぼみを花にする。
写真家  ダ・ヴィンチミケランジェロ歌麿北斎
歌姫   彼等は自負していた。彼等はその時紛れも無く世界で一番の、世界を描く
     腕を持っていた。
物書き  なに? 鏡なんか目じゃない。左右逆にしか写せないんだから。
     奴等が上手に描けるものは、○と×と∞だけさ。
チェン  そうだ。そんな折に、写真は生まれたんだ。
先生   世の絵描きという絵描きは激しく狼狽した。どうやっても勝てっこ
     ないじゃないか。写真は本当に正直だった。
削除屋  可憐で清楚なあの娘が実は革のパンツをベランダに干していても、
     ミルクのように白いシルクのショーツには描き換えてくれない。
物書き  その通り。その可憐で清楚な彼女が、女性週刊誌に載っている抱かれたい
     芸能人ナンバーワンのあのタレントの生写真を裏ルートで何枚もの
     福沢諭吉と交換しても、その写真に写っているタレントの顔には鼻毛が3本
     力無く垂れている。
写真家  お前達はそんな風には描けないだろう。厳しいバッシングが待っているから。
     絵描き命が惜しくて本当の絵が描けないなんて不幸でしかない。
先生   自由を求めて不自由な生活を送ってるとか、健康のためなら命も惜しくない
     現代人みたいだ。
チェン  それでも、私は描きたいんだ。

     チェン、絵を描き始める。

写真家  それが逃げじゃないと自信を持って、胸を張って描けるなら。
エイ   ちょっと待って、話しがずれてる!
全員   そうだ、今私はもう海だか空だか見分けのつかない海抜30000メートルの
     洪水に飲み込まれて、高熱の液体窒素の中で無抵抗に揉まれる事しか出来ない
     ちっぽけなちっぽけなちっぽけな50億分の1でしかない!
エイ   ごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼ……
エイ以外 エイ、お前だけは泳げる筈だ!
エイ   ………………………
物書き  何の為に私がスキューバダイビング用のウエットスーツと酸素ボンベを
     用意したと思っているんだ!
エイ   そんなものは持ってない、僕は見ての通りの格好だ。
エイ以外 喋れるじゃないか、なら泳げるだろう。
エイ   削除屋、この大波を消すことは出来ないの。
削除屋  消しゴムは全部使い切ってしまったと言ったじゃないか。
先生   そうだ歌姫、あなたが消しゴムを持っている。
歌姫   荷物はどこかへやってしまった。
物書き  このノートの文字は砂消しじゃないと消えないぞ。
写真家  エンピツを使わないで良い文章が書けるのか。
物書き  私の恩師が昔教えてくれたんだ。私には自動筆記の才能がある。
写真家  自動筆記?
削除屋  お筆先のことだ。書き出すと手が勝手に文を進めてしまう。
物書き  そうだ。そして次にどうなるのか誰かわかるか?

     誰もわからない。静まり返る場。

歌姫   こーどもの頃にー 分かりかーけてた事がー
     おーとなになってー わーかーらーなーいーまーま

物書き  そうか。…正解と言ってやりたいけれど、残念、惜しい。
     水がさらに圧力を増すと、氷になる。液体は固体へと状態変化するんだよ。
先生   それは困った、閉じ込められてしまっては足掻く事さえ出来ない。
エイ   早く、上に上に泳ぐんだ!
写真家  30000メートルもか?
エイ   ああそうだ! いつかは上に着く!
先生   その前に氷に飲み込まれてしまうぞ!
エイ   大丈夫だ、僕は生きてる。僕の体が温かいうちは大丈夫だ。
     精子が粘膜を酵素で破壊しながら卵子を求めて奥へ奥へ進むように、
     僕は張り付く氷を体温で溶かしながら上へ上へと進める筈。宇宙を求めて。
     僕は泳げるんだろう? 何の為のウエットスーツだ、酸素ボンベだ。
物書き  その通りだエイ! さあ泳げ、たいやき君に負けるんじゃないぞ!
チェン  エイ、君の勇姿は私が持てる限りの五感で受け取って絵にしてやる。
エイ   チェン、君は大丈夫なのか?
チェン  絵を描き終わったら追いつくさ。慌てるもんじゃない。
エイ   氷に閉じ込められてしまう。
チェン  生きてるうちは大丈夫なんだろう? だったら大丈夫だ、削除屋が
     コンビニにでも消しゴムを買いに行かない限り。
エイ   砂消しだよ。
チェン  何でもいいさ。私は消しゴムじゃなくパンとか布切れしか使わないからね。
エイ   描き上がった絵、絶対に見せてもらうよ。
写真家  私もだ。
チェン  胸を張って見せてやるよ。さあ、もっとバタ足を。

     泳ぎ出す彼等。

エイ   足が地面から離れたのはもう何時間前だろう。時計なんか持っていないから、
     もしかしたら何日も経っているのかもしれない。
先生   宇宙はまだか?
写真家  もう足元も真っ暗だ。
削除屋  それだけじゃない、頭の上だって深海みたいに真っ暗だ。
歌姫   チョウチンアンコウリュウグウノツカイもいないけれど、ついさっき
     ボーイング767が泳いでた。どっちが天でどっちが地なのか。
物書き  でも私の耳の中には三半規管が付いている。
エイ   そうだ、上へ泳いで行けばいい。それにほら、ぼやっと見えるだろう?
先生   あれは、月の光?
歌姫   あちこちに乱反射して、はっきりとわからない。
エイ   でも確かに、あれは月の光だ。
写真家  本当にものすごくぼやけてるな…これじゃあせっかくカメラで写しても
     綺麗な写真に仕上がらない。
先生   きっと、チェンは今ごろあの月をキャンバスに描き足してるだろう。
写真家  もしかしたら世界中の写真家は、カメラは全てを完璧に写すと
     たかをくくっている事でいろいろなものを見ていなかったのかもしれない。
     いや、カメラを信じる余りに、カメラで写せるも物がこの世の全てだと
     思いこんでたのかもしれない。
先生   ということは、絵を描ける写真家は怖いものなしだな。
歌姫   絵と写真は同時に描けないわよ。歌いながらならどちらもできるけど。
写真家  見逃していたものが、こんなにも近くにあったなんて。
エイ   しかし、それにしても月ってあんなに大きかっただろうか。
削除屋  言われてみれば。
物書き  大きくなったんじゃない、引力のバランスが崩れて月が近づいてるんだ!
写真家  衝突するじゃないか。
先生   ヘールポップ彗星どころの騒ぎじゃないぞ。
物書き  この巨大な海がクッションになってくれる。
削除屋  気休めにもならないぞ。
物書き  この海は月と同じくらい深い、いや高いと願いたい。
先生   月の直径は3476キロメートル、月の方が100倍以上も大きい計算だ!
歌姫   前から言おうと思ってたんだけど、先生は柳田理科雄
先生   世間ではこの位常識だ。
写真家  自分の意見を他人に押し付けるのはやめましょう。
削除屋  どのみち逃げ場は無いんじゃないか。
エイ   そんな事言ってる場合じゃない、ぶつかるぞっ。
物書き  みんな、伏せるんだ!
E以外  上も下も右も左も海だ!
物書き  じゃあ手をつなごう、ばらばらにならないように。
削除屋  そんなことよりも物書き、ノートだけは無くさないでくれ。
物書き  わかってる。ほら手を。
写真家  ちょっと待ってくれ。

     写真家、カメラをエイに渡す。

エイ   大事なものなんじゃないのか。
写真家  地球と月がぶつかる瞬間はカメラにしか写せない。このレンズに映ったものは
     たとえ一瞬の出来事でもそれは永遠に記憶されるんだ。
エイ   あなたは自分自身でその永遠を収めようとは思わないのか。
写真家  もちろん。のどから手だけじゃなくて、足も頭も出そうなくらい写真家冥利に
     尽きる大仕事だろう。それでもエイ、君が適任だ。
エイ   写真家…
写真家  心配するなエイ。きっと、お前の目に映るようにこのレンズにも映るはずだ。
物書き  何の為のカメラだ。シャッターを切って、一瞬を切り取る為だろう。
エイ   そうだね。何たって世界一のカメラ職人の魂が詰まってるんだ。
削除屋  早くしないと衝突するぞ。
エイ   写真家、僕にはそんな気持ちで写真を撮った経験なんて一度も無いけれど。
写真家  いいかいエイ。世界はね、常に80%の完成度の作品を作り上げる売れっ子
     芸術家よりも、平凡な芸術家が一生に一度だけ作り上げる、100%なんかを
     遥かに上回る作品を求めている。作品を作る人間は要らない、
     作家が作り上げる作品の一瞬の閃きに飢えているんだ。
エイ以外 エイ、お前だけが映せるはずだ!
歌姫   ぶつかる!

     暗転。カメラのフラッシュ。照明は付かない。
     エイ、何度も何度もフラッシュを焚きながら喋る。

エイ   僕の目と写真家のカメラのレンズは、インパクトの瞬間を完璧に永遠へと
     閉じ込めた。後は誰かに現像してもらうだけだ。

     何度も何度もフラッシュを焚きながら。

エイ   その瞬間は本当に…いい表現が無くて困ってしまうけど、きれいだった。
     でも、それにも増して美しかったのは、海とぶつかって砕け散った月の破片
     一つ一つが太陽の光を反射してきらきら、きらきら輝いていた事だった。
     夏のプールの揺れる水面に夕焼けが差し込んできらきら反射するよりも、
     その景色は遥かに美しかった。

     何度も、何度も。

エイ   写真家、僕は今日新しい発見をした。すぐにでも学会で発表しなくちゃ
     駄目なんだ。月はダイヤモンドかガラスで出来ていたってことを。あの、
     アポロの映像は偽物だった。あれが砂漠の真ん中で真夜中に撮影された
     偽物だって噂を昔聞いたことがあるけども、僕はこの目で確かめた。
     きらきらは長く続かなかったから。きっと、ダイヤモンドは摩擦熱で
     燃え尽きてしまったし、ガラスは摩擦熱で熔けてしまったんだろう。

     言い終えて、幾度かのフラッシュ。
     間

エイ   誰か、明かりを持ってないか。
先生   ちょっと待ってくれ。いまろうそくを出すから。

     先生、ろうそくを取り出して火を付ける。

写真家  なんでそんなものを持ってるんだ。
先生   これでも理科の先生でね。
エイ   先生が僕に、大気があるってことを教えてくれた時から始まってたんだ。
先生   そんなんじゃないってば。どうだい。明るいかい?
削除屋  ああ。

     歌姫、先生から蜀台を受け取る。

歌姫   清しこの夜 星は光り
     救いの御子は 御母の胸に
     眠りたもう いと安く

先生   クリスチャンですか。
歌姫   いいえ。でも星は光っているわ。
写真家  残念だけど、今日はクリスマスじゃない。
歌姫   この曲は12月24日にしか歌っちゃ行けないなんて誰が決めたの?
     たまには気分次第で聖なる夜にしても悪くは無いでしょ。
先生   オツだねえ。
削除屋  もうちょっと早けりゃ、七夕だったのにな。
物書き  織姫と彦星は本当はものすごく離れていて、地球からたまたま重なって近く
     見えるだけだ。
歌姫   遥か遠いからこそ、会った時の喜びもひとしおなものよ。
先生   牽牛が織姫に会いに行くには、光の速さで何万年も走らないと駄目なんだ。
歌姫   もう。…彦星はワープできるのよ。
写真家  ワープだったら一瞬じゃないのかい。喜びはどこに行った。

歌姫   ろうそくの炎は揺らめいて、光りを四方八方にまんべんなく散らしながら
     その体を削っていく。
エイ   なんで宇宙でろうそくに火が燈るんだ?
物書き  駄目なのか?
先生   酸素が無いと火は起きない。
写真家  誰が決めたんだ?
先生   今までの科学者達の思いが積もったんだ。
削除屋  そいつらはもう死んだ、この世にいない。
エイ   削除屋、君が消したのか?
削除屋  まさか。彼等は虚構じゃない。
物書き  とにかく、もう死んだ奴が遥か昔に言ったかも知れない事なんかに
     振り回されるな、その法則はもうトレンドじゃない!
全員   私は生きてる、999.999999……以下無限に9を続ける
     リミット1から1000気圧に潰され、海抜30000メートルの洪水に
     流され、惑星の衝突に弾かれ、真空に投げ出されて生きている。
エイ   地上で朽ち果ててしまうような科学者の方程式は通用しない!
削除屋  私は歳を取りたくない、歳を取らない。
写真家  死にたくない、絶対に死なない。
エイ   学校も試験も嫌だ、なんにもない。
歌姫   びょうきもなんにもない♪
物書き  お化けだ!
E以外  お化けじゃない、私はここで生きている。
写真家  物書きに書かれるか削除屋に消されるまで、私はここに居続ける。
物書き  ここってどこだ?
歌姫   どこだっていい、私の居る場所がここだ。
EG以外 物書きに書かれるか削除屋に消されるまで。
E以外  物書き、私を書きつづけるのか。
物書き  私はもう書かない、もう書けない。書けなくなったんだ。スランプって奴だな。
     だから、最後のノートの最後のページの最後の行に最後のエンピツで
     最後の力を振り絞って最後の一文を書いた。
E以外  「物書きなんぞが書かなくとも、物語は進む!」

     物書き、どつかれる。

削除屋  そのひとつ手前に私が書かれた。物書きの書いてきた恥ずべき文字と、
     これから浮き出る恥ずべき文字を消す為に。
物書き  そうだ。途中で書けなくなった物語や文章ほど情けないものは無いからな。
削除屋  しかし消しゴムはもう無いぞ。なんでそんなに中途半端なんだ。どうせなら
     私が消さなくとも消えるようにすればいいじゃないか。
物書き  私は自分の書いたものを消すことは出来ない。消されたくなんか無いんだ。
削除屋  だから私に全部押し付けたんだろう。
物書き  確かにそうだ。われながらもっともだ。お前は消すために居るんだ。
     何も消すものが無いなら、それとも消すことが出来ないなら消えてしまえ。
     それとも自分を消すことすら出来ないのか。
削除屋  その通り、私はもう消しゴムのカケラすら持っていない。あなたは、
     あれだけしか与えてくれなかったから。けれど、まだ私は死なない。

     削除屋、歌姫から蜀台を受けるとそれを掲げ、みつめた後消す。
     ろうそくが消える瞬間、役者を浮き立たせるような弱い弱いサス。

エイ   ろうそくは消えたはずなのに。
写真家  太陽だ、太陽が近づいてきてる!

     照明は、太陽の接近にしたがってだんだんと明るさを増していく。
     チェン、やっと立ち上がる。

チェン  やあ。お待たせ。
写真家  いい絵に仕上がったかい。
チェン  もちろん。凡人の仕上げた、一生に一度の最高傑作なんだよ。
     世界はこの絵を求めているはずだ。さあ、穴が開くくらい見てくれ。
歌姫   太陽が眩しくて…
エイ   きっと、世界最高のカメラ職人の魂の詰まったこのカメラのレンズなら、
     僕達が眩しくて見えない物だってきっと映してくれる。
先生   でも、海の中から月を見たときも駄目だったぞ。
エイ   だから写真家は僕にこのカメラを渡したんだ、僕には映せるんだろう?
写真家  もちろんだ。頼むよ、エイ。

     写真に撮る。

先生   このまま太陽に突っ込むぞ!
BF以外 大丈夫だ、絶対に死なないはずだ!
歌姫   まったくみんな、メイビーばかりなんだから。

     太陽に突っ込んだらしい。
     みんな必死で構える。

チェン  たぶん、大丈夫だな。大丈夫じゃない奴は返事。
C以外  大丈夫だ。
チェン  大丈夫な奴は返事するな!
写真家  チェン、絵はどうした。
削除屋  …焼けたのか。
歌姫   エイは?
エイ   大丈夫、カメラも大丈夫。さすがは世界一。
写真家  早く現像しないと。
エイ   どこへ持っていけばいい?
先生   ここは太陽の中心か?
物書き  もうなにも落ちてこない。
写真家  しまったな、こう光だらけだと暗室のひとつも作れない。物書き、暗室を
     作ってくれないか。
先生   それがいい。
物書き  私のノートも燃えてしまったよ。
削除屋  でも私達はまだ生きてるぞ。
エイ   虚構じゃないのか。
物書き  大丈夫だよ。こんなこともあろうかとコピーをしておいた。
     ほら、像が踏んでも壊れないビニール袋だ。
歌姫   袋から出したら燃えてしまうでしょう。
物書き  わかった。もうそろそろだな。

     物書き、エイからカメラを貰う。と、裏蓋を空けてフィルムを伸ばす。

エイ   あ、
写真家  そうか、…それもまた一興なんだろう。
削除屋  閉じ込めた一瞬は、逃げるから価値があるんだ。どうやっても消えない物は
     プラスチックみたいに悩みの種になるだけだ。
エイ   一生懸命撮った写真たちだった。
写真家  エイ、もう君にはこのカメラすら要らない。君の二つの瞳は、カメラ以上に
     鮮明にあの光景を抱えているはずだ。しかもエイ、記憶は何よりも美しい。
エイ   忘れてしまったらどうすればいい?
写真家  忘れてしまうのは怖いだろう、だからみんな必死で忘れないようにするんだ。
     そして記憶は美化されていく。美しいという記憶の輪郭のみが、写真よりも
     遥かに美しく限りなく美しい、美しかったという記憶として残るんだ。
エイ   つまりそれが美しいということ…

     物書き、ビニール袋から紙切れの束を出して、放り投げる。

先生   燃えないのか!?
チェン  あたりまえだ。
エイ   気が付けばもう太陽も去っていた。その方向は眩しくて直視できないけど、
     きっともう地球と砕け散って熔けてしまった月は太陽と衝突、
     いや飲み込まれてしまったんだろう。
物書き  よく考えてみれば、よく考えてみなくってもぱっと考えればわかるけど、
     何で太陽が地球に引き付けられてるんだ?
削除屋  ここは宇宙なんだ、どこが上でどこが下か何が中心かすらはっきりしないのに
     その言い方は宜しくないんじゃないか。
歌姫   どっちだっていいけど、そういう運命なんでしょ。それよりも私達が誰一人
     あの巨大な、もう巨大っていう言葉ですら言い尽くせないけれど、
エイ   昔、子供の頃に見上げた青空とどっちが大きいだろう。
歌姫   月と太陽と地球、今からひとつになる太陽系の星々とその惑星達、でも私達は
     置き去りにされてる。
物書き  本当は居ないからだよ。引力も何もかも私達には手出し出来ない。
チェン  絵はキャンバスの中でのみ生きている。本物に触れたことのある人間にとって、
     そいつらはメランコリックしか与えてくれない悲しい存在だけど。
写真家  でも全ての虚構はかつて在ったという確かな証拠、影のはずだ。
物書き  ノートはもう燃えてしまったし、コピーも全て撒き散らした。
歌姫   きっと今ごろ紙切れはあの新しい星の周回軌道に乗ってるわ。
チェン  紙だって一応人間の作ったものだから、あれも人工衛星か。
写真家  虚構はもう既に目的も運命も宿命も失った、残ってるのは名前だけだ。
削除屋  もうそろそろ消し始めなくちゃならない。
エイ   僕も?
削除屋  もちろん。しかしエイ、君と私達がここに居てそれから消えたという事実は
     なんとしても絶対に消せないんだ、残念だがね。みんなが忘れ去るけども、
全員   エイがいたという事実は影となって泳ぎながら衛星となって星を周り続ける。
     その瞳はカメラよりも鋭く絵画よりも鋭く永遠に星を映し続ける。
物書き  紙も無い、エンピツも無い、消しゴムも無い。私にはまだ声がある。
     だから文字を言葉にすることにしよう。
削除屋  言葉なら、道具を使わなくても消えてくれる。
歌姫   歌声は、どうあがいたって消えてしまうから尊いんでしょう。
エイ   全てが消えても残り続ける、僕のいた影に頼もう。頼んだよ、後は宜しく。
削除屋  さ、お開きの時間だ。私の仕事が待ってる。
物書き  私はきっと逃げているんだろう、でもやっぱり嫌だ。もうこれ以上、消す為に
     自分の手を下すのは嫌だったから。せめて残すことすら出来ないように。
削除屋  本日は劇団R17旗揚げ公演にご来場戴き、誠に有難う御座います!
     引き続き、第二部をお楽しみ下さい。

     溶暗、音楽。

   「星」

    登場人物
  
  小島
  櫛野
  エイ

   西暦3000年8月31日、宇宙と宇宙でないどこかとそこに浮かぶ宇宙船の中で。

     真っ暗。小島、板付き。ノートパソコンを使っている。
     暗闇の中で、パソコンの起動音。モーターの音。

小島   私は随分長い間眠っていたようだ。人工冬眠の状態にあったのかもしれない。

     小島に弱くサス。

小島   もし時計が正しいなら、今日は西暦3000年の8月31日だ。
     私の最後の記憶からぴったり1000年経過している。
小島   見て回った所、ここは地球の周回軌道上だという事だ。ところが、どの方角を
     見回してみても月が見当たらない。それどころか、地球さえも見つける事が
     出来ない。その代わりに太陽が燃えている。千年の間に何が起こったのか。
     大学はどうなったんだろう。

     櫛野入場。

小島   櫛野教授!
櫛野   うぃーん。うぃーん。
小島   なにふざけてるんですか。…ん? 櫛野晴彦特製ロボット。

     小島、張り紙を見つける。

小島   「小島君、おはよう。お目覚めの気分はどうだい。」
櫛野   ういーん、ういーん。
小島   最悪です。
小島   「私からのメッセージがあるのでボタンを押してくれ。」
櫛野   ういーん、ういーん。
小島   「そうそう、ボタンは頭のてっぺんについてるよ。By櫛野晴彦」
小島   しばいたろか。
櫛野   ういーん、ういーん。
小島   がつっとな。(殴る)
櫛野   いてーーー!
小島   うるせーー!
櫛野   良く眠れたかい?
小島   寝過ぎました。
櫛野   君も突然で判らない事があるだろう。必要な事から伝えよう。
     小島君、まず君は一度死んだ。
小島   はあ、そうですか。
櫛野   大学にボーイング767が突っ込んだ時、研究室に閉じこもっていた君は
     死んでしまった。何とか生き返らせてやりたかったんだが、21世紀の
     科学力では、どうにも出来なかった。人類史上最も偉大な天才の私、
     櫛野晴彦でも不可能だったのだ。
小島   誰が偉大な天才ですって?
櫛野   そんな時、最悪の知らせが世界を駆け巡った。地球の引力が強くなり気圧が
     どんどん高くなる。千気圧に達した大気は一斉に液体になり、さらに圧力が
     かかると氷になる。国家は宇宙に逃げ延びようと必死になったさ。ここで私は
     思ったんだ。君達をすぐに生き返らせるのは無理だとしても、ゆっくり時間を
     かければ何とかなるかもしれない。私は自力でこの宇宙船を完成させた。
     なんとかコネを使って打ち上げ、今に至る。君は人類最後の生き残りだ、
     頑張ってくれたまえ。尚、メッセージが終わり次第このロボットは爆破される。
小島   おうわあああっ!
櫛野   つもりだったが、やっぱやめた。
小島   でも、周りに他の宇宙船は見当たりませんよ。
櫛野   予想外の事が起きたんだ。余りに地球の引力が強すぎて、この私謹製「アポロ
     100号」以外の宇宙船は全て地球に落ちてしまった。しかも、それだけじゃ
     なく月や太陽、果ては太陽系の全ての惑星たちが地球に衝突してしまった。
小島   なんでこの宇宙船だけ残ってるんですか。
櫛野   そりゃ天才の私が設計したんだから。
小島   ところで櫛野教授。
櫛野   なんだい。
小島   本当にロボットなんですか?
櫛野   勿論人間だとも。目覚し時計を君達よりもちょこっと早く設定しただけさ。

     音響。

全員   劇団R17旗揚げ公演「鑿と彫像」第二部、星。

全員   それは一つの巨大な星だった。
櫛野   水金地火木土天海
小島   それと太陽
櫛野   全部合わせて質量19万3147.82414098×10の24乗㎏!
小島   それってどのくらい?
櫛野   1円玉が19兆3147億8241万4098×10の16乗枚!
小島   せめて500円玉で言ってください。
櫛野   13万7996×10の16乗枚だ。
小島   それは昭和60年発行の筑波科学博覧会の記念500円玉だ、
     新500円玉で良いんです!
櫛野   それなら27万5592×10の16乗枚…………

     エイ入場。

エイ   あのう、すみません。
エイ以外 誰?
櫛野   私達の他に人間がいるぞ。
小島   ええ、どこからどうみても人間です。しかし君、彼女は窓の外にいるぞ。
櫛野   新種の人類だろうか。
小島   そいつはきっと、気温マイナス270℃の真空中で一億の十兆倍Vの電圧と
     同じエネルギーのX線γ線を受けて生きていられる人間です。
櫛野   そいつはちょっと人間じゃないなあ。
小島   第一、進化しようにも大事な地球がありません。
エイ   あのう。
櫛野   ななな何だ。
エイ   あのう、私人間じゃありませんから…
小島   おのれ物の怪めっ正体を現せ! 成敗してくれようぞっ。
エイ   物の怪でもありません。
櫛野   しかれば、貴様何奴っ?
エイ   影です。
小島   影。
エイ   ずっと昔、ここにいたエイと言う人のいた事実、消えない影です。
小島   それにしても宇宙空間に人間はいられません。
櫛野   そもそも、宇宙船の壁を隔てて真空にいる君と僕達とで話せるのも変な話だ。
エイ   これはですね、あなた達の心に直接話し掛けて
小島   うわっ、やっちゃったよこの人は。
エイ   ってわけじゃありません.何でだかよく判りませんけど。
櫛野   詳しく話してくれないか。
エイ   昔、地球があったころ何人かの人達がここに辿り着きました。結局最後には
     消えてしまったんですけど、その中の一人、エイという人が私を残したんです。
エイ以外 全てが消えても残り続ける、僕のいた影に頼もう。後は宜しく。
エイ   そう言うわけで、私の仕事は後を宜しくすることです。
     今まで1000年間ずっと星を回り続けてきました。
小島   1000年間ですか。
エイ   一口で言うには軽すぎる気もしますけど。
櫛野   それでなんで私達に?
エイ   もうすぐ、小惑星がこの宇宙船を直撃します。
櫛野   どっかーん?
エイ   ただ見ているだけって言うのもどうかと思いまして。
小島   星が出来たのは1000年も前のことでしょう?
エイ   確かに、惑星たちは重いですからすぐに落ちてきました。
     でも太陽から木星の間にある無数の小惑星達の中には軽い物もありますから、
     今でもまだ時々落ちてくるんです。
櫛野   それなら私達の他に助かった人間はいるのか?
エイ   知りません。私の知る限りは。
小島   助けようとしたんじゃないんですか?
エイ   私は何も出来ません。今だって、貴方達がこの宇宙船を動かさないと。

     全員、斜め上を見上げる。

全員   その瞬間、私達の真上には直径数十キロはあろうかという、私達にとって十分
     巨大な小惑星が、もう到底避けられないような距離に差し迫っていた。
エイ   貴方がたは最後の宇宙船だったのに、口惜しい。
櫛野   過去形で言わないでくれ。
小島   しかしどうにも出来ません。
櫛野   どうにかするんだ。
小島   そんな事言われても、ああああああっ。
櫛野   はっ。お前何を慌ててるんだ。あんなちっぽけな小惑星恐るに足らん!
小島   そんなこと言ってる場合じゃない、
エイ以外 うわああああ!

     生きてます。櫛野以外は。

エイ   当たらなかった?
小島   でもどうみても今のコースは僕達を直撃してたはず。

     櫛野復活。

櫛野   はっはっはっはっは。どうだねチミ達、アポロ100号の実力は。
小島   今のは宇宙船の性能によるものなんですか。
エイ   余裕ぶっこいてる割には一番悲鳴が大きかったような。
櫛野   それは50歩100歩って言うんだ。いいかい、アポロ100号の性能だ。
     乗員2名、食料生産能力、電気ガス使い放題、内部面積東京ドーム一つ分、
     バストイレ付き、冷蔵庫洗濯機エアコンにこたつ、パソコンもゲームも
     思いのまま! その全てを星からの光エネルギーで賄える。更に装備には
     宇宙戦争もできるマシンガン、レーザー、水爆に反物質砲、波動砲まで
     付いている優れものだ。敵からの攻撃は一切受けず、ボディは無敵合金Xで
     出来ている! どうだね? 全世界のお子様憧れ垂涎の的だ。おもちゃ屋
     あれば誰もが万引きしちゃうような魅力的ないい仕事をしている一品だろう。
エイ   長いです。
小島   しかも、エンジンの出力とか全く触れてませんし。どこまでホントなんですか。
櫛野   全部さ。
小島   さすがにそこまで言われると嘘っぽいんですよね。
エイ   そんな事無いです。1000年間たった一つ潰れなかった船ですもん。
櫛野   うむうむ。なかなかシュールな重みのある言葉だ。
小島   でも。
櫛野   ようしわかった。、そんなに信用できないならなあ、見せてやろう。

     櫛野、どこからかリモコンを取り出す。

櫛野   スタートボタン。ピポッ。
小島   波動砲用意。
櫛野   上上下下+AB同時押し!

小島   エネルギー充填します。20%、40%、60%、80%、100%!
櫛野   波動砲を撃て!
小島   何やらせるんですか。
櫛野   どうーーーーーん。
エイ   命中しました。

     効果音。

櫛野   なんだ、これは…星の引力が急激に上昇している!
小島   なんですって、多分教授のせいですよ!
櫛野   星に向かって衝撃を与えると、それに応じて星の引力が大きくなるようだな。
小島   どう、なるんですか?
エイ   ゆっくり落ちてきていた小惑星たちが、一気に速度を増して近づいてくる!

小島   誰かメテオでも唱えたんじゃないのか。
櫛野   なんて嫌な呪文だ。
小島   星に向かって数え切れない数の小惑星が落下していく。まるでその光景は、
     アメリカ軍の戦艦に突撃していく日本軍の人間魚雷、回天のようだった。
エイ   それなら神風特攻隊のほうがそれっぽくないですか?
小島   特攻隊は強かったんだ。何十隻もの戦艦を沈めた。
櫛野   それを言うなら人間魚雷は結局、実戦には投入されなかったぞ。
小島   どうでもいい、とにかく私達から見れば巨大な小惑星が、
     そんくらいよわっちく見えてしまう。まったく効いてない。
櫛野   暖簾に腕押し、ぬかにくぎ、いやいやそんなもんじゃない。
小島   星に小惑星
櫛野   その日、新しいことわざが誕生した。
エイ   誰かこの人達に突っ込んであげてください。
エイ以外 それは君の仕事だ。
エイ   星に小惑星
小島   星たちの衝突は中学校で勉強する反比例のグラフでXがゼロに
     近づくにつれてYが限りなく無限に近づくようなスピードで加速していった。

     間。

櫛野   ようやく収まったみたいだ。
小島   太陽系の全部の小惑星が全部落っこちてきて全部無くなったってことですか。
櫛野   言葉がおかしいぞ。
小島   千年前の鎌倉時代、武士の侍が馬から落ちて落馬して、残念無念腹切って切腹
エイ   そんな場合じゃないですってば。更にまずいですよ。小惑星のマシンガンが
     引き金になって、星の引力が更に強くなったみたいです。
小島   ゼロの数がおかしいくらいに。
櫛野   確かに。天才の私が作った引力メーターが振り切れてしまった。
小島   特に何も感じませんが。。
エイ   それは貴方がたがとても強い宇宙船に守られているからです。私はいわば
     生身ですから、この肌でひしひし感じます。
小島   こっちに来ませんか。
エイ   残念だけど何か違うんです。ところでさっきから近づいているあの大きな
     太陽のような星はなんでしょう。
小島   あれは…
櫛野   アルファ・ケンタウリだ。
エイ   アルファ・ケンタウリ。
小島   太陽の次に地球に近い恒星です。大きさも光の強さも太陽とほとんど同じで、
     もう一つの太陽なんて呼ばれたりする恒星です。
櫛野   地球から太陽までの距離の27万倍も遠いはずだ。
エイ   星の引力が27万倍になったんじゃないでしょうか。
櫛野   そんな無茶な。
小島   教授、その引力メーター作りなおしてきてくださいよ。
櫛野   私が?
小島   もちろん。
櫛野   今?
エイ   天才なんでしょう。
櫛野   仕方ないな。2分待ってくれ。
小島   2分で出来るんですか。
櫛野   天才だからな。

     櫛野、退場。一瞬にして出てくる。

小島   忘れ物ですか。
櫛野   出来たぞ。
櫛野以外 はやっ。
櫛野   天才だからな。今度はさっきの100万倍までの引力に対応できるように
     ハイッグレーーーーードでスペッシャルな改造を施してきたのだ。
小島   教授。
櫛野   なんだい?
小島   メーターの針が振り切っています。
櫛野・エイ えっ!?
小島   それよりも外を。窓の外を。

     間。照明のイルミネーション。

小島   光る星たちが、次々と星にダイビングしている。
エイ   今のこの瞬間のここに、全ての物質が集まろうとしていた。
櫛野   長生きはするもんじゃ。
エイ   じいちゃん、まだそんなこと言うには早いよ…
櫛野   いやいや、これだけ生きてこれただけでもわしゃあ幸せじゃわい。
櫛野以外 じいちゃん!
全員   そうだ。僕達はみんな、気がつかないうちに千飛んで数十歳になっていた。
櫛野   誕生日のケーキに立てるローソク、どうすればいい。
小島   心配しなくていい。しかしこれでもう鯖を読むのも出来ませんよ。
エイ   私、17歳なの。
櫛野以外 このヒト、1000歳も鯖読んでるーーーーー!
エイ   私は生まれて1000年間このかた他人と話をするなんて事は
     一度も無かったし、もちろん誕生日を祝ってもらうなんてことは頭の片隅にも
     なかった。そもそも誕生日が何月何日だったかも忘れてしまったし。
     もしかしたら最初から知らなかったのかも。でももしいつか生まれ変わって
     人間になれたとしたら、誰かに誕生日を祝ってもらえるんだろうか。
櫛野   ところがお嬢さん、残念ながら地球はもうないんだ。
エイ   別に、今やこれからの地球に人間として生まれることを望んでる訳じゃない。
     過去でいい。2000年でも3000年でも過去の地球に。
     ただし、1000年きっかり過去に生まれるのは勘弁して欲しいけど。
小島   それは悲喜劇というものです。
エイ   そうだ。
櫛野   おおっと妖怪鯖読み女。
エイ   誰が。
小島   1000歳。
エイ   恋愛に年齢なんて関係ありませんよ。
櫛野   悪いんだけど当方昭和生まれの為、千年前に侍が馬に乗って駆け抜けて
     不思議の扉が開き、郵便ポストにもぐりこみ、水道ガス管通りぬけ、テレビの
     アンテナ発射台で宇宙に飛び出すような女性はちょっと…
小島   教授もおんなじでしょうがっ。
櫛野   男は60になったって、金さえ持ってりゃハタチの若い子は寄って来るもんだ。
エイ   あのお、20とか60じゃなくって1000歳じゃないんでしたっけ。
小島   何千歳でぴちぴちした肌を保っている美人といえば、御伽噺に出てくる
     魔女のおばあさんしか頭に浮かんでこない。
櫛野   ぴちぴちした肌で美人なのに、なんでおばあさんってわかるんだ?
小島   その、若くて穢れ無き少女の生き血をすするたりマンドラゴラのエキスを
     飲んだりして若さを保ちつづける魔女のおばあさんのぴちぴちした
     ほっぺただって、この成熟しきって今にも地面に落ちて潰れそうな柿のように
     丸々とした星々の放つ眩いばかりの光には敵わないんだろう。
エイ   こんな明るい空は初めてだった。千年間ずっと星を回り続けてきたけど、今、
     この一瞬か少しの時間で訪れたかくの如き変化。人類が誕生してから今までに
     生きた人達の中でこれよりも眩く光りを湛える物を見た事のある人は
     いるだろうか。私みたいに小さな小さな影なんて。
     風なんてもんじゃない、嵐の前の灯火。

     バースデーケーキを用意。蝋燭を立てて火をつける。話が進む間に少しづつ
     照明が落ちていき、やがて明かりはロウソク一本のみとなる。

エイ   これは何と言うか、嵐の中の灯火かな。
櫛野   言い考えだろう。
小島   教授らしい柔軟な発想と言おうかはちゃめちゃなと言いましょうか。
櫛野   素直に誉めるもんだ。
小島   何歳になったんですか。
エイ   998歳かな。
小島   じゃあ、このロウソクは998本分の責任をしょってるんですね。
櫛野   そうそう。いつかわからないんだったら今日を誕生日にすればいいんだ。
小島   思い立ったが吉日。
エイ   なかなかかわいいケーキですね。
櫛野   全てが光合成から出来ているんだ。
小島   今さらですけど、食べても平気なんですか。
櫛野   勿論だよ。
小島   じゃあ、教授からどうぞ。
櫛野   結構だけど、私はこのくらい一口で食べてしまうぞ。
エイ   ああん。いやん。
小島   エイは、やっぱり食べれない?
エイ   たべます。
櫛野   食欲は健康の証だ。
小島   あーん。
エイ   はぐっ。むぐむぐむぐ。
櫛野   おいしいかい?
櫛野   星の光が育んだんだ。美味くて当然。
小島   宇宙船の中には入れないのにケーキを食べれるとは。
エイ   女の子は別腹なんです。
櫛野   いったいこの宇宙船はどういう仕組みなんだ。責任者出てこい。
エイ   とにかくこれは食べれるんです。健康ですから。
小島   普段の食生活が腐敗しまくってるくせにあっちこっちの健康食品ばっかり
     ぽりぽりばりばりがりがりざりざり齧って「私って最近けっこう健康生活?」
     とかいってる奴って割と沢山いる気がするけど、ホントに健康な奴はそんな物
     食べなくても健康だから健康って言うんだろうな。
櫛野   わたしなんか生まれてこのかた1040年間一度も虫歯になったことが
     無いんだぞ。勿論風邪もひいたことないし、両目とも裸眼視力20.0だ。
エイ   アフリカ人にも勝てますね。
小島   しかし悲しいかな、教授は取り返しの付かない程心を病んでしまっています。
櫛野   ともかく、さあ。エイ、ロウソクを。
小島   一息で。
櫛野   ためらわないで。
エイ以外 エイ、998歳の誕生日おめでとう。
エイ   ふうーーーーー。

     ロウソク、消える。
     真っ暗。

エイ   私は蝋燭という物を初めて見たし、蝋燭に火が燈る所も蝋燭の火が消え去る
     所も勿論初めて見たのだけれど、何か懐かしさを感じずにはいられなかった。
     もしかしたら只のデジャヴかもしれないけど、もしかしたら遥か昔の私に
     この運命をぺったり貼り付けたエイという一人の人間が生きてここにいた
     頃に見た蝋燭の炎の記憶かも知れない。きっと記憶は一瞬に閉じ込もったまま
     永遠の時間を冬眠して、こんな時にむずむずと起き出してふっと瞼の裏を
     掠めるのが好きなんだろう。

小島   真っ暗だ。
櫛野   確かに真っ暗だ。明かりをつけようか。
小島   待ってください。
櫛野   心配するな。この船の動力は星からの光エネルギーのみなんだから無尽蔵だよ。
エイ   真っ暗なんです。
全員   星は既に、全宇宙を飲み込んでブラックホールと化していた。全宇宙があった。
小島   ある意味、ブラックホールは宇宙の中での出世頭なのかもしれない。
エイ   出世魚、出世星ね。
櫛野   たっぷりと食事を取ったくせにまだ食べ足りないのか。
小島   ブラックホール、略してBHとなった星は、宇宙空間までもを食べ出した。
櫛野   なんだかエンピツみたいだな。
小島   鉛筆のBは確かにブラックのBだけど、HはハードのHだ。果たして
     ブラックホールは固いんだろうか、柔らかいんだろうか。ブラックホール
     触ったことのある人がいないだろうから永遠のテーマなんだろう。
エイ   遥か昔から星はBHだったのに、私達が気付かなかっただけかもしれない。
櫛野   光るBHなんて有り得ない。
エイ   星が重さに耐え切れなくなって潰れてしまうからブラックホール
     なってしまうんですよね。きっと星はかたくて我慢強かったんだ。
櫛野   星が平らげた全宇宙は、私が味わったケーキ幾つ分のカロリーがあるんだろう。
小島   ちょっとそこまでは計算できない。
櫛野   星が光っていない以上、自前で何とかしなくちゃならない。自転車漕ごうか。
小島   貯めてあるエネルギーだけならどれだけの時間動けるんですか?
櫛野   最大限がんばって20分弱だ。
小島   人類史上最大の天才なんじゃないんですか? 何でエネルギー源が無くても
     動く船を作らなかったんですか。
櫛野   むちゃくちゃ言うな。
小島   おとうさんおかあさん、先立つ不幸をお許し下さい。
櫛野   今が西暦3000年だってこと、すっかり忘れてるな。
小島   教授、僕は一体何が目的なのかわからなくなってきました。
櫛野   なるようになるんだよ。
小島   それで命落としたら何にもなりません。
櫛野   いいじゃないか。私達、恐らく宝くじの一等一億円が3回連続で当たって
     賞金を持って帰る途中雷に打たれて瀕死になった所を謎の黒マントの
     無免許医が通りすがって、三億で直してやろうって言われてわかった三億
     払うから助けてってお願いしたら手術失敗されて死にそうな所を眼帯の
     医者が通りがかって安楽死させようとしたら失敗して元気になったっていう
     人間より際どい確率の上に生きてるんだと思う。何たって60億分の3だぞ。
小島   20億分の1ですね。
櫛野   なんかありがたみが減るから約分はやめてくれ。
エイ   で、けっきょく貴方がたの目的はなんなんですか。
小島   教授一人の目的のような気がしますが。
櫛野   ん? それはあ、私の威信を書けて世紀の実験をやってみたかったんだよ。
小島   10世紀もかけてですか。
櫛野   おう。これは間違い無く人類の歴史に太字で書き記されるべき事柄だろう。
小島   残す人類がいればの話ですけど。
櫛野   しかも成功だ。ギネスに載るぞ。
エイ   聞いちゃいません。
櫛野   冗談だよ。
小島   教授の冗談には限りがありませんよ。
櫛野   まあ最後まで聞いてくれるんだ。もちろんそれもあるけれどもあくまでそれは
     むさいけれどもかわいい私の助手だったからだよ。まあほんとのところは、
     死にたくなかったからだろうな。ああ神よ、なぜ私の助手はこんなにむさい
     男なのだ、どうせならめっちゃカワユイ女の子が良かったんだ〜!
     うを〜〜〜〜〜! か〜み〜よ〜!

エイ   死にたくない、と櫛野教授は言った。それはやはり櫛野教授が生きている
     人間だからだろうか。一休宗純が死ぬ間際に言った言葉が「死にとうない」
     だったように記憶している。
小島   星は生きているという。でも本当は生命なんかじゃないのをみんな知ってる。
     きっと星は余りにも巨大だからそう言い表したいんだろう。それは星にとって
     勲章のようなものだろうか。
エイ   星は躊躇わずに爆発したり、萎んで行く。生きてるならそんな唐突に死ねない。
小島   僕達は生きている。
櫛野   ある小説家が、「薬中毒のジャンキー達は毎日毎日自分達の体をキャンバスに
     しながら死ぬほど面白い絵を描いている」といっていたように記憶している。
小島   思えばそれは全てに言えるかも知れない。演劇だって死んだりはしないだろう
     けど、私達は沢山の貴重なお金ともっと沢山のもっと貴重な青春を
     使い捨てながら舞台を踏んでいる。
櫛野   青春のリサイクルをする方法、誰か教えてくれないか。切実に。
小島   そのとき貴方にありがとうって言えるかどうかは判らないけど。
エイ   世の中は判らないことだらけです。
小島   きっと毎日毎日僕達は、自然体の体中に鑿を突き刺した挙句巨大な金槌で
     がんがん叩いてるに違いない。台本という細かい細かい多角形に憧れながら。
エイ   自分で自分の体を掘り進んで掘り進んで掘り進んで、何でどこも痛くないの。
櫛野   中毒だからだろう。みんなみんな麻薬と同じだ。
櫛野以外 でも。
エイ   でも僕達はみんな生まれた時から生きることに中毒になってる。

     生存中毒。

小島   いろいろ言ってても何も始まりません。どうするんですか。
櫛野   なんのことだい。
小島   燃料ですよ。
櫛野   アポロ13号みたいなことになるのは嫌だなあ。
エイ   アポロ13号は月から地球に戻ってくるまで、電気を節約する為に宇宙船の
     軌道計算を筆算でやったそうです。
小島   私計算苦手なんです。
櫛野   大丈夫だ。我々大和魂を持った日本民族には「そろばん」という無敵の
     仲間がついている。どうだね、光合成で出来たそろばんだ。
小島   それで一体何を計算するんですか。
エイ   ていうか使えるんですか?
櫛野   私は使えない。
エイ   アポロ13号の乗組員達は、寒さ凌ぎに白熱電球を一つだけ点け続けたそうだ。
櫛野   宇宙の温度はマイナス270℃だ。
エイ   もしもアポロ計画ソ連のものだったら、もっと省エネできたかもしれない。
小島   私は日本人です。
櫛野   心配するなっ。
エイ   心強い言葉ですね。
小島   ぜんぜん心強くない、むしろ心弱いわっ。
エイ   どうしてですか。
小島   櫛野教授の言葉だからですよっ。
櫛野   とにかく大丈夫だ。君達が私のことをどう思ってようと大丈夫だ。
小島   その心は。
櫛野   確証は無いが大丈夫だ。
エイ   そう言うのは大丈夫じゃないっていうんですー。
櫛野   そう、大丈夫じゃないが大丈夫なんだ。
小島   ホントに大丈夫なんですか?
櫛野   おおう任せろ、大丈夫だ。
小島   ホントにホントに?
櫛野   大丈夫だってば。
小島   そうですか。じゃあ、撃ちましょう。

     小島、銃を出す。

小島   ホールドアップ。
櫛野   おいおい小島君。この非常事態にそんなことやってる場合じゃないでしょう。

     間。

小島   冗談ですよ。これは光合成で出来た拳銃型ライターです。
櫛野   そうか。
小島   反物質砲があるんですよね。
櫛野   あれはエネルギーを使いすぎて実用的でないんだ。
小島   いいですから。撃ちますよ。
櫛野   良く分からんが確証があるんだな?
小島   教授と違ってむちゃくちゃじゃありません。
櫛野   一発撃つことで全エネルギーを使い果たしてしまうぞ。
小島   教授の考えだとエネルギーが無くなってもなんとかなるんでしょう?
櫛野   あれは言葉の綾だ。
小島   僕はあの時の教授の言葉を信じます。

     小島、ピストル型ライターを前方に構える。

小島   照準、BHの自転軸。
全員   反物質砲を撃て!

     暗転。ライターの火が燈る。

全員   ぱっと、光が点いた。

     だんだんと、ゆっくり、緩慢に、明るくなっていく。

エイ   明るくなりました。どう言うことですか?
櫛野   そうか。
小島   反物質砲なんですよ。
櫛野   名前の通り反物質を撃つんだ。反物質は物質に当たると光を放つ。
小島   例えばマイナスの電荷を持った電子にプラスの電荷を持った陽電子
     ぶつかると光を放ち、二つの電子は消えてしまう。
櫛野   BHは全てを吸い込みながらも、自転すると共に北極と南極から
     X線をものすごい勢いで放出している。
エイ   食べてるだけじゃなかったの。
小島   当然、そのX線に反X線がぶつかることで光が発生するだろう。その光は
     勢いに任せてBHから逃げることに成功して、宇宙を駆け巡る。
エイ   でも、どんどん明るくなって来てます。一発しか撃たなかったのに。
櫛野   多分、反射してるんだよ。
エイ   反射。
小島   BHはものすごい勢いで宇宙自身を吸い込んでる。宇宙空間が底を
     突きかけてます。狭い所に沢山の光がひしめき合って、こんなにも明るい。
全員   もう、ブラックホール自身も燃えている。
櫛野   摩擦熱だ。BHの表面と宇宙の内側が擦れて悲鳴を上げている。
小島   もう宇宙空間に余裕は少しも無くなってしまった。
エイ   ブラックホールの回転も止まってしまったみたいだ。
小島   こうなるともうX線を吐き出すこともできない。
全員   僕はただ、どこまでも縮んでいく宇宙を眺めることしか出来ない。

小島   じゃあここはどこなんだですか。
エイ   宇宙も目に見えないくらい小さくなって消えてしまったし。
小島   教授、どうですか。
櫛野   うむ。私のこの天才的20.0の両目を駆使しても見えないぞ。
小島   私達と、この宇宙船だけが残っている。やっぱりおかしいんじゃないか。
櫛野   おかしいことなんて無い。
小島   全部嘘だったなんて言いませんよね。人間が生き返るなんて言うのも眉唾だし。
櫛野   生き返ったのは君だぞ。
エイ   私は存在したという事実です。喩え宇宙が消え失せようとも無くなりはしない。
櫛野   まあまあまあまあ、君も私も確かに生きてる。虚構なのは、宇宙船だけだ。
小島   宇宙船。…そこに全てが在ったんですか。
櫛野   物質文明なんぞ先が見えとる。私は虚構を材料にこれを設計した。いつまでも
     壊れない。光エネルギーなんてのも嘘だ。動力なんか必要無い。何でもありだ。
小島   教授。
櫛野   地球の引力が強くなった? そんな簡単な理由な分けないだろう。
     もっと簡単に考えよう。ただ宇宙が収縮し始めただけなんだよ。
小島   高校で習う2次方程式のグラフのように、宇宙は宣戦布告も町内の回覧板を
     回すことも無しに突然縮み始めた。
櫛野   中学校で習う反比例のグラフのように、それは加速していく。
小島   幼稚園の頃遊んだ公園のブランコのように、放物線を描きながら膨張と収縮を
     何度も何度も何度も何度も繰り返す。
エイ   お母さんのお腹の中に命が宿った瞬間のように、それは前触れ無くやってくる。
     その瞬間を知ってるのは宇宙と新しい命だけ。
櫛野   その命もその宇宙も繰り返す。ただ人間の命はtanθのグラフ様に繰り返す
     のと比べて宇宙の命はsinθのグラフように繰り返すという違いだけだ。
小島   尤も宇宙は厳密には生命とは言えないからそれは勲章のようなものですが。
エイ   きっと私達が消えた宇宙を見失った瞬間にビッグバンは弾けて、今私達は
     急激に向こう見ずに成長する宇宙の中にいるんだろう。だって明るいし。
櫛野   いずれまた小さくなって消えてしまうことも知らないで。
小島   それはわからない。
全員   だって記憶は一瞬に閉じ込もったまま永遠の時間を冬眠して、こんな時に
     むずむずと起き出してふっと瞼の裏を掠めるのが好きなんだから。

     間。

小島   地球だ。
櫛野   時計は何年何月何日の何時になってる?
小島   2002年8月31日の○時×分(腕時計見て)です。
櫛野   千年前、いや、「今」だ。
エイ   いつの頃から時計は自動日捲りカレンダーになったんだろう。
櫛野   誰かが、日捲りカレンダーって言うのは手動日捲りカレンダーよりも
     自動日捲りカレンダーのほうが便利だって気づいたときからだろう。
小島   宇宙船の時計が動いてない。
櫛野   そう言えば、引力メーターも動いてないぞ。というか、この宇宙船の機械が
     どんどん昨日を停止していってる。
エイ   冷蔵庫もクーラーもこたつもゲームもパソコンも。
小島   今や僕達を守ってるのは頼りない空想で出来た宇宙船の壁だけだった。
櫛野   どっちみち、私達はもうそろそろ地球に下りなきゃ駄目なんだ。
エイ   次にいつ会えますか。
櫛野   ここではもう会いたくないな。どうしてもっていうならエイ、君が地球に
     降りてきたら喜んで迎えるけど。
エイ   私は回りつづけないといけないんです。
櫛野   そうだ。エイ、君に一つ誕生日プレゼントをあげよう。
エイ   なんですか。
櫛野   プレゼントは二つあるんだが、欲張りはいかんからな。一つ選びなさい。
     ついさっきの約束、この宇宙船をそっくりそのままあげようじゃないか。
小島   乗れないんですよね。。
櫛野   それはこの宇宙船が虚構、エイは事実だからだ。虚構と事実は平行線。
小島   だから現実のケーキを食べることは出来たんだ。
櫛野   見ろ、どこにも宇宙船なんて無いじゃないか。あるのは真っ暗な空間だけだ。
エイ   私はこの空間、好きだな。また一瞬の記憶が瞼を掠ったのかも知れない。
櫛野   エイ、君が欲しいなら。この、虚構で出来た宇宙船が在ったという事実を。
エイ   ありがとう。ずっと欲しかった、こんな船。
櫛野   これならきっと暫くは退屈せずにすむだろう。
エイ   もう退屈することにも退屈してしまったから。
櫛野   欲しいかい?
エイ   はい。
小島   教授、それでもうひとつは何なんですか。
櫛野   まあまあ慌てるな。いいかいエイ。今は西暦2002年だ。
エイ   1000年前ですね。
櫛野   正確に計算するんだ。そろばんを使うか?
小島   997年です。
櫛野   地球はそこにある。健康な地球だ。随分宜しいお後だと思うぞ。
エイ   本当です。
櫛野   エイ、君は何かを越えて生まれ変わったんだ。

     気付けば、エイも宇宙船の中にいる。エイ、びっくり。

櫛野   もうひとつだ。もし良ければ、一緒に地球に帰らないかい。
小島   旅は道連れです。
エイ   ラストシーンからの乗車なんてなんだかずるいですね。
小島   十分過ぎるほど旅してきたじゃないですか
櫛野   お後を宜しくするなんて、あいまいな目的だとは思わないか?
     君自身の本当の目的は何だい。
エイ   この宇宙のどこかにも、私の影は回っているんでしょうか。
小島   一瞬の記憶を永遠に眠らせながら。
櫛野   君はもうきっちり目が醒めたようだね。
エイ   はい。
櫛野   腹が減ったよ。早く家に帰って、今度はちゃんと砂糖とクリームと小麦粉で
     できたデコレーションケーキが食べたいもんだ。
小島   一口で食べないでくださいよ。
櫛野   いくらなんでもそれはできんよ。
小島   いいや教授ならありえます。
櫛野   なんだとこのやろう。

     なんやかんや言い合っている2人を後ろに、エイは願う。

エイ   あなたと私の青空が、どこまでも軽やかに晴れ渡っていますように。

     溶暗・音楽。